珍 紀 行
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今回の珍紀行は早稲田なんですが、はじめにお断りしておくことがあります。
それは今回まわってきたところは正確には早稲田ではありません。早稲田を含めたその周辺といったところでしょうか?
この辺りは新宿区と豊島区と文京区が絡み合っている地域なので、あえて早稲田で統一させていただきました。
さて、早稲田編はじめに訪れた場所はココ。
目白不動がある金乗院です。
「あの〜しょっぱなから早稲田じゃないんですけど・・・・」
はい、気にしない、気にしない。
この金乗院は都電荒川線の学習院下で降りるとすぐです。ちなみに目白駅から歩くと10〜15分くらいです。
目赤不動に続き、江戸五色不動第2弾です。
←ココ
ちなみに社の下の一階の部分、なぜかトイレ。
公衆便所のある寺ってなかなか無いですよ。
親切〜
で、その横に墓地があるのですが、だんだん畑の様になっています。
なんか入ってもよさげな雰囲気だったので入ってみました。
一番上からの眺め
卒塔婆がアイスの棒みたいだ。
そしてこの墓地内にはある人のお墓があります。
「おぉ!!丸橋忠弥か〜」
って誰?
調べると江戸時代の由比正雪の乱に関わった人だそうです。
・・・・ふーん。
さて、目白不動から早稲田方面に向かうと面影橋があります。なんか詩的な名前ですね。
面影橋から写した神田川です。いい風景だったので普通に撮りました。
そしてこの面影橋の近くに甘泉園という日本庭園があります。甘泉というのは園内の湧き水がお茶に適していることから名付けられたそうです。
何かあるかなと入ってみたのですが、のどかで普通にキレイな公園でした。
この甘泉園のすぐ隣に水稲荷神社というのがあります。水稲荷なんて変わった名前は、甘泉園の湧き水から来ているんでしょうか?
で、この水稲荷神社なんですが、思った以上に雰囲気のある由緒正しいといった感じを受ける神社でした。
境内の中に入ると、身体の痛いところと同じ場所を撫でると痛みが取れるという「耳欠け神狐」というのがあり、
いい感じの躍動感をお出しになっておられました。
そしてこの神社、なんか御末社がやたら多かったです。
これはその一部です。
なんかカッコよかったので一枚。
ミステリアスな雰囲気を醸し出してたので一枚。
それにしても上野の穴稲荷もそうだけど、狐と穴ぐらって密接な関係のようで。
やはり水に関する神様いらっしゃいましたね。
しょぼいけど・・・
水、濁ってたけど・・・
水、出てなかったけど・・・
さてさて、そんな水稲荷神社を出て、神田川を水道橋方面に歩いてみました。
そうしたら新江戸川公園という、これまたキレイな日本庭園がありました。この辺りは何気に自然がたくさんあって、景色のよい場所が多いですね。
しかしながら面白いものは転がってるものです。
日本の警察の科学力を結集した派出所を発見!!
ポリスが立っていたらもっと面白かったんだけど。(でもそうしたら写真撮りづらい・・・)
これは胸突坂という坂です。あまりに急な坂なのでこういう名前が付いたそうです。
そしてこの坂の横に、ある神社を見つけたのですが、
鳥居・・・壊れてますよ・・・・
手すりも歪んでますけど・・・
そして階段を昇ると、
ダメだ・・・
なんでもこの神社、水神社というみたいです。
この辺りは水がよかったみたいですから、由来は水稲荷にあった水神社と同じものでしょう。
それにしてもパっとしねぇ・・・
で、横に何か石碑があったので何かと見てみると、
何故ここに?
疑問に思いつつ水神社を後にしました。
今回は目白不動以外、明確な目的地を考えておらず、行き当たりばったりで散策してみたのですが、思ったより面白いものがあってよかったです。それでは早稲田周辺編でした。
今回は特に何もないだろうと思われている田端周辺のご紹介です。
これによって田端の素晴らしさを認識していただきたい、そう思う所存でございます。
それでは田端編をどうぞ!
@ 田端駅南口
田端駅には出口が2つあります。北口と南口です。
基本というか、ほとんどの利用客はメインの出口である北口を利用します。
それにひきかえ南口は人も少なく、地味な田端駅でもさらに地味なのです。
一応これがメインである北口の風景です。
地味ですが、まぁ普通の駅です。
そしてこれが南口です。
「しょぼ!!」
近づいてみると
ホントに山手線の駅ですか?
不安になってくるくらい昭和です。
時が止まってます。駅前に店など何もありません。ジュースの自販機すらない・・・
あまりにもかわいそうなのでレトロチックにしてみました。
そんな田端駅南口。
A 田端八幡神社
田端八幡神社は田端駅から動坂方面(本駒込)に歩くとあります。
この神社は富士講の神社であるため、高い位置に建てられています。
富士講とは、富士山にいけない人達が、神社やお寺の境内に築いた人工的な山を富士山とみたて信仰したものです。
簡単に言えば、富士塚に登れば富士山に登ったのと同じご利益があると考えたものです。
なので参道の横側に石段があって登ることが出来ます。
しかしですねぇ・・・登った先の隠れた所に妙なものがあるんですよ。
何を奉ってるんですか?これは。
ごみ?
ゴミ?
護美?
にしか見えないんですが・・・
いいのか?、これで。
B 東覚寺
この東覚寺は田端八幡神社のすぐ隣にあります。
もしこの東覚寺に行くならどんな方向音痴でもたどり着けます。
なぜかって?
それはある目立つものがあるからなんです。
東覚寺には赤紙仁王と呼ばれる阿吽の金剛力士像があります。
この像に、病のある場所と同じ部位に赤紙を貼って祈願すると病気が治るといわれています。
そのためこの像にはたくさん赤紙が貼られています。
こんな感じです。
赤い、赤いよマサルさん。
皆さん色んな所が悪いんですねぇ。
でも顔に貼るのはどうかと・・・
整形したほうが早いですよ。
あと頭に貼りに来る時間があるなら勉強して下さい。
ちなみに寺の事務所に行けば赤紙が売っているのか、もらえるのかは分かりませんが、とにかく手に入るみたいです。
あとこの東覚寺にはこの赤紙仁王の他にも黄金に輝く大日如来があったり、水子地蔵があったりと境内の中には多数の仏さんがいらっしゃるんですが、その中にある人が混じっていました。
あなたいつから仏様に転職を?
たしか二宮金次郎さん・・・でしたよね?
ちなみに後ろでスタンバっている方はお知り合いですか?それともストーカーですか?
なんか寺というよりテーマパークみたいな感じです、この東覚寺。
そんなこんなで田端編は以上です。
どうですか田端の素晴らしさは伝わったでしょうか?
谷 中
下町の代名詞とも言える谷中にやって来ました。
谷中は谷中銀座商店街や谷中墓地などで有名な場所ですね。
あと谷中一帯は非常にお寺の密集地帯でもあり、谷中の七福神と呼ばれるものもあります。
なのでこの辺りは若者というより、年配の方が多く散策に来る場所のようです。
それではスタンダートに「夕焼けだんだん」から谷中銀座に向かって一枚。
この谷中銀座商店街、よみせ通りという商店街と合体しており、さらにこの辺りは台東区・荒川区・文京区が、さながら北米プレート・ユーラシアプレート・太平洋プレート・フィリピン海プレートの様にせめぎあっています。
土地のコンボ技でもあります、この周辺。
この谷中銀座から西日暮里方面に向かうと、(というよりもう既に台東区谷中ではなく荒川区西日暮里なんですが・・・)
これまた有名な富士見坂があります。
都内に残っている富士見坂で唯一、富士山が見える場所なんですが、果たして今でも見えるんでしょうか?数年前にマンション建設がどうのこうのっていうのは聞いたことあるんですが・・・どっちにしても今回は木で見えませんでしたけどね。
その他、谷中といえば前述した谷中墓地ですね。
ここは徳川慶喜の墓や著名人の墓があったり、メインストリートは桜並木なので春の時期には桜の見所でもあります。
といっても基本的にはただの墓地なので今回は省略します。
それでは以上、超簡潔な谷中編でした。
「えっ、もう終わり!?」
「すいません時間が無かったもので深く探れませんでした・・・」
「困るよ、キミ〜」
「はい、すいません」
「以後気をつけてくれたまえよ」
「はい・・・すいませんでした・・・」
実は上野行った時の帰り道だったからついでに撮ってきたというのが、ばれない内に終わります。
「それでは皆さん、グッドラック!!」
駒込というと、あまり山手線の中では目立った駅ではありませんが、実はソメイヨシノの発祥の地だったり、六義園があったりと、他の繁華街の駅とはまた違った魅力のある場所です。
今回はその駒込の散策です。
まず訪れたのがココ。
読んで字のごとく吉祥寺です。
吉祥寺というと井の頭公園の近くの吉祥寺を都内近県にお住まいの方ならまず思い浮かべると思います。
でも実際にその武蔵野市の吉祥寺に吉祥寺という寺は存在しないのです。
では何処にあるか?
もうお分かりですね。この駒込の吉祥寺が元々の由来なのです。
でも何で遠く離れた場所にあるかというと、江戸時代の明暦の大火の影響で家を失ってしまった吉祥寺門前の町人たちが、現在の武蔵野市一帯移住した際、その地を吉祥寺と名付けた事に始まります。
しかしこの吉祥寺、入ってみると分かりますが相当広いっす。
あまり知名度の高い寺ではないので意外な感じです。
「実はすげぇんだぞ」と言わんばかりで、裏番長的寺院とでも命名しましょうか。
あとこの吉祥寺の中には、なんか分からん大仏さんや八百屋お七の比翼塚があったりします。
まぁ別に来てなにが面白いっていう所じゃないですけどね・・・
たまには真面目なご紹介の一つも入れとかないとですよ。
さぁ場所は変わって次は南谷寺です。
また寺かよ!
このコーナー、珍紀行というよりは珍寺紀行と改名したほうがいいんじゃないかと、たまに思うがまぁいいや。
さてこの南谷寺ですが、ここにはある不動さんがいらっしゃいます。
それは江戸五色不動のひとつ目赤不動です。
ご存知の方も多くいるとは思いますが都内には五色不動というのがあります。
目黒や目白は駅名にもなっていますし、目黒不動は有名ですよね。江戸時代には目黒不動・目白不動・薬研堀不動(日本橋)が江戸三大不動と呼ばれていました。
しかし地味に目赤や目青・目黄(目黄だけは二箇所)もあるのです。
目赤なんて何か充血してそうな不動さんですが、じつはこの赤とか青とかって言うのは色のことではありません。
方角のことです。
密教での東西南北ということですが、流れは中国の北の玄武(黒)・西の白虎(白)・東の青竜(青)・南の朱雀(赤)・中央の黄にあることは間違いないでしょう。
この江戸五色不動を全部巡るのもこのコーナーの企画の一つに実はあるので、今後こっそりはさんでいくのでよろしくお願いします。
以上、今回はちょっと真面目な駒込散策でした。
上野の寛永寺のすぐ近く、言問通りをはさんだ反対側に、この浄名院はある。
いやぁ〜このお寺すごいんです。
え?なにがすごいって?
このお寺、お地蔵さんが沢山いらっしゃるのです。
その名も
八万四千体地蔵
さらに江戸六地蔵のひとつもあり、寺の中は地蔵だらけなのです。
まぁ、とにかくコレをご覧下さい。
まさに地蔵パラダイス!!
これでも全部写してませんからね、一応。
実際は四万八千体も無いらしく、二万五千体ほどということですが、誰か暇な人は数えてみて下さい。
てゆーか棚卸したら面白いと思うんだけど・・・
「前回より三体増えてますね〜」
「そうですか、今回は逆ロスだなぁ」
みたいな。
そんな浄名院の中には色々な地蔵があるのですが、その中でひときわ目に付いたのがコチラ。
「おまえだけ、ちっちゃくねぇ?」
しかも地蔵じゃねぇし。
そんなこんなで撮影していたら、寺の関係者なのかは分からないが、近くにいたじいさんに声を掛けられる。
「あの奥にある地蔵さんに願をかけてごらんよ」
「え?どこですか?」
「ほら、あそこの座敷の奥にあるから」
そう指をさされた方を見ると、ある建物が建っていて、聞くとその中に地蔵さんがあるとの事。
建物まで近づいてみると、「うかがい地蔵」と書かれている。
確かに奥に地蔵さんがいらっしゃるようだ。
・・・・でもコレ入っていいの?
不審に思いつつも、じいさんの許可をもらったという事もあり、入ってみることに。
ガラス戸を開け、靴を脱いで座敷の奥へ進む。
少しビクビクしながら、地蔵さんの前に座る。
で、心の中で地蔵さんに許可をとる。
「一枚いただきます。」
そしてとりあえずお願いをしてみました。
でもまぁ、こんな建物にまで地蔵があるなんて気付かないし、見つけても普通入ろうと思わない・・・教えてくれたじいさんに感謝。
この浄名院、地蔵好きの方は一度来訪をオススメします。
今回はスポットは上野です。私、和尚が通の上野巡りというのを皆様に紹介しましょう。
上野と聞かれて、まず思いつくのがアメ横でしょう。その他バイク街やキムチ横丁(これはちょっとマイナーだな・・・)など上野は数多くのスポットがありますが、上野の真髄は上野公園にあるのです。
まぁ何はともあれご挨拶
「こんにちは、どうも
パンダです。」
まず初めに上野公園といったらお約束のコレ
そうご存知、西郷隆盛であって西郷隆盛ではない、タダの架空のオッサンの像です。
今日も鹿児島の方を見つめています。
上野公園には不忍池がありますがその中に弁天島があります。
これは天海僧正が琵琶湖の竹生島に見立て、不忍池の中に島を築き弁財天を祭ったことに由来しています。
その弁天島、どうでもいい石碑が多い。メガネの碑・ふぐ供養碑・暦塚・スッポン記念碑・包丁塚・鳥塚・その他字が達筆すぎて読めない、なんかよくわからん碑などが連立しています。
そんな弁天島ですが、さらにその弁天島に架かった小島があるのです。
これがその小島なんですが、一切説明書きなどはありません。奥のほうでひっそり浮かんでいます。誰も見向きやしません。
で、これ一体何なの?気になるんですけど・・・
さて、ここからはオススメの場所を紹介していくことにしましょう。
まず上野に大仏があったことは皆さんご存知でしょうか?
大仏といえば鎌倉の大仏や奈良の大仏が有名ですが、ここ上野にも大仏があるのです。いや正確にはありました。
しかし地震で幾度となく壊れ、しまいには第二次世界大戦のときの金属供出令により胴体などの部分を軍に渡さなくてはならなくなったのです。
そして今じゃこのお姿。
あらら・・・
顔だけ残ったというよりマスクみたいに見えるんですけど・・・
で、この大仏のすぐ横にパゴダ(仏塔)
があるんですが、なんでインド仕様にしたんだろうか・・・。
お次は花園稲荷神社です。ここは上野公園最大の穴場だと思います。
場所は鳥居がイヤっていうほどある神社なのですぐに分かります。
で何がオススメなのかというと神社の中にある、穴稲荷というものです。
この神社の存在を知っている人はいても穴稲荷まで知っている人は少ないのではないでしょうか?
これが一応説明書です。
ん?誰だ、最後の行に落書きしたのは・・・
まぁ、とにかくこの穴稲荷、とてもミステリアスな雰囲気が味わえます。
なかは薄暗くてちょっと怖いかも・・・
ストロボ使ったのですが、ちょっとぼやけてますね。
で、すぐ右側に小さい穴が開いているのですが、さすがに怖くて覗けませんでした。
誰か勇気のある人は覗いてください。その時は田代まさし風にお願いします。
買い物などで上野に行くのもいいですが、たまには違った視点で上野を散策するのも一興というものです。
お暇なときいかがでしょうか?
お台場といえばフジテレビ・アクアシティ・ビーナスフォートなど、買い物やデートで人気のスポットである。
しかし皆さんはご存知であろうか、お台場という場所がそもそもどういう場所だったということを。
お台場というのは元々は「台場」、江戸幕府が黒船来襲に備えて砲台の設置をした場所である。
この台場は当初、品川から深川にかけて11箇所に設置する計画だったが、着工したのは第七台場までで、そのうち完成したのは第六台場まであった。
そして現在でも第三台場・第六台場が残っている。
このうち第六台場は立ち入り禁止(海に浮かんでるから行けないけど)、そして第三台場は公園となっているので自由に足を踏み入れることが出来る。
ちなみに第四台場は天王洲アイルとして整備されている。
そして今回は第三台場公園に向かう。
一応コイツが第六台場
第三台場公園は、行くとわかるが砂浜の先にある四角形の出っ張った場所がそうだ。
お台場に来てもここに来る人は少ないであろう。
公園内に入ると四方が土手のようになっており、すり鉢状になっている。
しばらく外周部分を探索すると、なにやら見える。
おぉ!!あそこにあるのは!
砲台であった。
ふと東京湾の方を見ると水平線の彼方に黒船が見えるような気がした。
「黒船が来たぞー!撃てーー!!」
「太平の眠りを覚ます蒸気船たった四杯で夜も眠れずーー!」
テンションが高くなる。
土手を降りてみる。弾薬庫の後があり、興味津々で眺める。
そして近くに狼煙を上げたのか何なのか分からないが
が、あった。
先端はどうなっているのか覗いてみると、普通にゴミが詰まっており、歴史を侮辱する輩に牙突零式を食らわせたい気分になる。
そして戻ろうとまた土手を登ると、レインボーブリッヂが目に入り、現代に戻って気がした。
お台場にお立ち寄りのときは、おすすめの場所である。
東京都千代田区大手町のオフィスビルが立ち並ぶ一角にそれはある。
東京の守護神平将門公の首が安置されている場所として有名な首塚に今回やってきた。
ここには何度か来たことがあるがなにか言葉にできぬ凄みがあっていつもビクビクしながら入る。
まさに畏怖という言葉がぴったりだ。
その戦闘力や南千住の首切り地蔵の比ではない
ドーーーーーーン
・・・・・マジ怖えっす
その凄まじき戦闘力の為、とりあえず拝んでからそそくさと退散。
機会があったら皆さんも逝って見てね☆

正光寺それは東京赤羽にあるなんとも不思議な寺である。
まず門の前に立ってみた。

・・・まぁ門構えは普通だ。おかしなところはなさそうだ。遠くになにやらうっすら見えるが気にしない。
門をくぐって見る。
・・・違和感を覚える。
奴は何なのだろう?
「アナタは何をしているんですか?」
「・・・・・・」
だんまりを決め込むらしい。
まぁいい。
よく見ると奴の後ろは駐車場だ。
本堂らしきモノの影も形もない。
なにか大切なものが欠けているのまではわかったが、もはや寺というのがどういうものかが思い出せなくなってきたのでよしとする。
ふと横を見るとよくわからない石物や地蔵が放置されている。
すごいのか、すごくないのか全くわからなかった。
そういえば先ほどからやたらとネコが目立つ。
ここにもあそこにもあんなところにも一体何匹いるのであろうか?
もしかして・・・
あいつらが住職なんじゃ・・・?
ネコ住職に別れをつげ、寺風駐車場を後にした。
南 千 住
東京都荒川区南千住、この土地にはなにか言葉に出来ない空気が漂っている。というのもこの土地は江戸時代には品川の鈴ヶ森刑場と並ぶ小塚原刑場と呼ばれる罪人が処刑される場所であったからだ。
ここには何度きてもダークな感じがする。近年高層マンションも軒並みできているのだが、以前からこの土地を知っている人間にしたらやっぱりダークだ。
しかし意を決し再び南千住の地を踏んでみた。
むぅ、駅が改装に着手したらしい。
「・・・やっと気づいたか・・・」
しかし駅前は何も変わらずパチンコ屋と個人飲み屋しかないことに複雑な感情を覚える。
そして日比谷線のもう一つの出口の方へ向かう。駅の出口スグのところに南千住名物があるからだ。まずはコレに挨拶しなくては始まらない。
「すいません」
思わずあやまる。
コレが名物の首切り地蔵だ。何回見に来ても慣れない。コレは罪人たちの霊を慰めるためにたてられたようだ。駅前に地蔵があるのは南千住くらいでなかろうか。
小塚原刑場の由来書を横目に足早にこの場を去る。
いつもなら駅の出入り口の階段付近にワンカップをもったアウトロー先輩がいるのだが今日はいらっしゃらなかった。
次は陸橋を渡って駅の反対側、泪橋の方へ向かう。この泪橋はあのあしたのジョーでも有名な泪橋だ。江戸時代には実際に橋が架かっていたが今は無く、地名だけが残っている。処刑される罪人の家族はこの橋まで見送る事ができ、別れを惜しんで涙を流したことから付けられた名前だという。
ちなみに駅のメインストリートはコツ通り商店街という。このちょっとヘンテコな名前の商店街の由来は、その昔平屋や木造建築が多く、道幅も狭く車道と歩道の区別もなかったため、道路を整備するために土を掘ったら人の骨が出てきたのでコツ(骨)通りというらしい。
「もうたくさんだ!」

気を取り直して先に進むことにする。と、偶然ベストショットがあったので、すかさずカメラに収める。

鳥居の向こうにガスタンクとは・・・粋な神社だとしみじみ思う。
そろそろ撤収しようかと泪橋付近まで戻ると、やたらアウトロー先輩の姿が目立つことに気づき不審に思う。
辺りを探索すると、あるスーパーの前でアウトロー先輩たちがナケナシの金で買ったであろう焼き鳥とビールとワンカップで路上ライブを開いていた。
と・・・その近くでは歩道を不法占拠した多くのアウトロー先輩たちが熱きパッションを胸に秘めつつ、ご就寝の様であった。
21世紀の東京でまさかスラム街・・・もといパッションストリートを歩けただけで幸せだったのだろうと思いつつその場を無言で過ぎ去った。