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おじんのつぶやき

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65.喪中はがき(06.11.7)
 注文してあった喪中はがきができあがって受け取ってきたその日の新聞で、思いがけない記事に出会った。

 私は、新聞は、全面で、見出しだけはつぶさに追い、見出し文字の文章と字の大きさで、内容とマクロ的位置付けの大体を、独断的かもしれないが掴んでしまって、記事詳細まで読むことは少ない。
 そんななかで、異質なのは投書欄、私は朝日新聞を読んでいるので、「声」欄である。
 ここだけはかなりよく読むのである。世情に報じられる諸事象への見方の多様性というものを認識するのに非常に良い欄だと思っている。

 
前置きはさておくとして、思いがけない記事というのは、この「声」欄での、
  「乱発はやめて 喪中のはがき」というタイトルの投稿記事であった。
 概要は、「昨年は暮れまでに喪中はがきを28枚受け取った、年内に親族に不幸があると喪中はがきを出すらしい、そんなに長く喪に服している人はいないと思うのに、」というような書き出しで、服喪期間というものに触れて、最後に「年賀状は人の世の美風であり、もらってうれしい。それを損なう喪中はがきの乱発はやめたいものである。」で締めている投書である。

 私は少しガツンという衝撃を受けた。
 最後の締めくくりには、別の見方から異論があったが、「年内に親族に不幸があると喪中はがきを出す」ということに対して、全く疑ってかかったことがなかったのである。
 異論というのは、年賀状というものが、「今の縁」ある人だけでなく、「かつての縁」に縛られて形式的に出すという部分が多いにある、何でこんな面倒なしきたりができたんだ、という想いが少しあるということなのだが、そのために、むしろ、今回喪中はがきを出して、これを機会に再来年以降の年賀状がグンと絞られて少なくなればいいが、と思っていたくらいであった。

 ともあれ、投書子の「声」は、即座にいろいろ調べてみようという向学心?、好奇心?、暇つぶし?、・・・・のようなものを起こす基になった。
  
家にある資料「現代慶弔事典」
  「忌服」という節があり、一定期間喪に服することを忌服というのだそうだが、その忌服の意味や期間、忌服中の注意などが書かれている部分がある。期間と注意の一部を抜粋すると次のようにある。
[期間] : 明治七年に太政官布告「服忌令」(ぶっきれい)が出されて、忌服の期間が決められた。現在はそれほど厳しくいわないが、一般に仏教のしきたりに従って、四十九日までを忌中、死後一年を喪中としている。後略
[注意のなかの部分] : 喪中に年を越す場合は、新年の飾り付け、年賀状・年始の挨拶は行わないのが通例です。

 ここでは、忌中と喪中を別扱いしていて、これなら、今までの考え方には合致する。
 喪中は一年で、喪中には年賀状をださない、これでいいじゃないか、ということになる。
 しかし、投書子の意見と合わせて考えると、まだしっくりいかない。

 別の我が家所蔵資料「冠婚葬祭Q&A」
 「現在では社会と適合した期間に修正され、忌中は四十九日まで。喪中は父母、子や配偶者などのごく親しい関係でも一年間とするのが一般的になっています」
という記述がある一方、

 「忌服期間が過ぎていると年賀欠礼は必要ありません。例えば祖父母が亡くなった場合は、喪中は五ヶ月ですから、年始に亡くなった場合、その年末にはこだわらなくてもよいのです」
 
 最後の引用部分が混乱に拍車をかける。
 別途「忌服期間(忌引き)」という表があり、配偶者は10日、父母・養父母は7日、・・・と載っている。
 しかし、「祖父母の喪中が五ヶ月」などとサラッと書いているが、では父母は?兄弟姉妹は?と問いかけたくなるのが道理だ。
 明治七年に太政官布告「服忌令」に準拠した次のような表をウェブで見つけた。
続柄 忌日 服喪
父母 五十日 十三ヶ月
養父母 三十日 百五十日
継父母 十日 三十日
三十日 十三ヶ月
二十日 九十日
嫡子 二十日 九十日
末子 十日 三十日
養子 十日 三十日
父方祖父母 三十日 百五十日
母方祖父母 三十日 九十日
伯父・伯母 二十日 九十日
叔父・叔母 十日 三十日
兄弟姉妹 二十日 九十日
嗣孫 十日 三十日
 

 ようやく少し開けてきた感がする。
 「忌」という文字は「忌引き」と使われれば、日常でも、父母などが7日という前述した表は現実的に理解できる。

 しかし四十九日(神式なら五十日)を「忌」とはあまり聞かない。単に、四十九日が明けた、とか五十日祭が終わった、とか「この期間が喪に服す期間だ」なんて紛らわしい言い方もされる。
 上表の「忌日」は、時代変化に応じて「忌引き」日数に引き継がれ、グンと短縮され、喪中はまだ少し上表を念頭に置いている資料、あるいは人が在る、というのが落としどころではなかろうか。

 上表のページ作者は、喪や忌というものを、年賀状への対応、祝い事への対応とかの次元でだけで論じられることを嘆いている。

 ともあれ、私は1月に妹を亡くした。上表においては、三ヶ月が喪中であることを理解したうえで、それでも喪中はがきを出すつもりである。
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