「どすこい東」 79.0×645p.
Mixed Mediums Painting 1989年
「どすこい一番勝負」 79.0×645p.
Mixed Mediums Painting 1989年





「どすこい西」 79.0×645p.
Mixed Mediums Painting 1989年

新聞記者と芸術家
文化欄担当の新聞記者たちは、視覚で捉えた作品を言葉を使って表現し、彼らのプライドにかけて批評をする。
そういう訳で、取材をされる側の芸術家は、早々呑気ではいられない。
「いやぁ、描くのが三度の飯より好きなもんでねえ。ちょっとお相撲さんをデフォルメしてみたら、面白くて筆が止まらなくなっちゃって…。気が付いたら、アトリエ中お相撲さんだらけになっちゃいましてね。でね、まあアトリエに置いとくのもなんですしね、展覧会でもやってみようかと…。
ああ、これがその作品たちなんですけれど…。これが結構うるさいんですよ、まじで。 俺を真ん中に展示しろとか、もうちょっとスマートに仕上げろとか。ちょっと厄介な奴らなもんで、私じゃなかなか手に負えませんでね。すまないんだけれど、何とか言葉で綺麗に仕上げてやってくれませんかねぇ。ははは…」
などと記者を相手に話せたならば、芸術家はどんなに楽なことだろうかと思う。
取材を受ければ、展覧会の主題や自身の制作活動の意義について、何らかの答えを用意しておかねばならない。
酒の席で下手に議論になったりすれば、哲学の小路へ引きずりこまれた挙句に、論破され逃げ出す羽目になりかねない。
若い頃は「熱く燃えるのが芸術家の仕事だ」と思っていた今泉も、ある時点から「自分が大地へ帰る日」のことを考えながら制作するようになっていった。
それは、火中に投じられた熱い刃金が打たれ、徐々に冷めながら研ぎ澄まされていく感じに似ていたように思う。
時代が変われば環境も変わり、そこで生きる人間も変わっていく。当然、作家の意識が変われば作品も変わる。
人は、いつも同じ条件で、同じ場所に止まる事は出来ないのだ。
人生悲喜交々…。今日生きていることに感謝する誰かがいれば、自分は一体何のために生きているのか、生きていることに恨めしさやもどかしさを感じている誰かもいるのだろう。
今から十数年前、毎日新聞福岡総局で美術を担当し、今泉の作品評を書き続けていた(左記の記事)重里徹也記者も、現在は東京本社学芸部副部長となり『司馬遼太郎を歩く』シリーズで、司馬文学作品の読み解きや、『乃南アサ』作品の解説などを手掛けていらっしゃるようだ。
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今泉の死後、ふと手にした乃南アサさんの文庫の解説に、重里記者の名前を見つけ、時間の流れに何ともいえない感慨を覚えたのを忘れることは出来ない。