夏の終わりに一通。春が恋しくてたまらなくなる頃に一通。
四季の移り変りを知らせる手紙が、一年に二度、必ず届く。
差出人は、野見山暁治先生だ。
今泉には、尊敬する芸術家が二人いた。 ひとりは、ミケランジェロ。そして、もうひとりが野見山暁治先生だ。
ミケランジェロに憧れて、芸術家を志し、その芸術家への道を開いてくれたのが、野見山先生だった。
良いお酒を飲んで饒舌になると、必ず繰り返す話。
「野見山先生がいなかったら、芸大には合格できなかった。僕の道は、野見山先生が開いてくれた」
今泉の作品に難色を示す教授陣の中、野見山先生の作品評の一言が、彼の合格に繋がったという、古い話だ。
真実の程は解らないが、本人はそのことを心から信じていて、野見山先生に対して、心から敬意を払っていた。
今泉が急逝してから数ヵ月後、その死を知った先生から、今泉の遺児たちに手紙が届いた。
全く知らないことでした。
先日、アジア美術の会報を読み、その中に今泉さんの逝去を、唖然として見つめたものです。
わたしは、彼の絵が好きだった。言っても取り返しがつきません。
僅かですが、颯太・樹音の二人を喜ばせたいので。 野見山暁治
手紙と一緒に、白い金袋がそっと添えてあった。金袋の封は切らなかった。今も仏壇の引き出しに仕舞ってある。
今泉が亡くなって、もうすぐ三年。今も、先生からの手紙は途絶えない。
今年の夏、手紙と一緒に一冊の絵本が届いた。
暑い夏、元気にしてますか。
僕は元気で、絵を描いたり、海に浮かんだりしております。
この春、こんな絵本を出しました。おかしな物語です。
動物の仲間からはぐれて、人間になった僕たちの祖先は、哀しいほどの勇気を持っていた。
そんな物語です。
それじゃ お元気で。 八月十日 野見山暁治
芸術というのは、心と一体なのだと思った。今泉が慕った先生は、本当の芸術家なのだと思う。
遺児たちは、つたない文章でお礼の手紙を書き送っていた。
彼らが大きくなるまで、どうかいつまでもお元気で、生きた作品を制作し続けてくださいと、心から願いながら、先生の新しい作品を心待ちにしている。
「The ZOO」シリーズのための素描