江夏豊が初めて巨人戦に登板したのは、1967(昭和42)年5月31日

 敵地後楽園球場のゲームであった。エース村山実が先発したが太腿痛で3回で降板。

 ルーキー江夏にリリーフの大役が廻って来た。

 当時5年連続本塁打王の大打者との対決に、この高卒ルーキーはストレートで

 真っ向から勝負を挑んだ。カウント2-0からの剛速球を王は空振りし、初対決を見事

 三振に斬って取った。


 「なんや!カーブなんかいらんやないか!」(江夏)


 天下の王貞治にストレートだけで3球三振である。「プロでメシが食える」と自信がついた

 瞬間だった。と、江夏は回想する。

 王は江夏との対決について、後にこう語っている。


 「江夏君のストレートは150`は出ていない。にもかかわらず打てない。

 それはズシリと”重い”からだ。あんなボールを投げる投手はいなかった。

 江夏は僕には殆どストレートしか投げなかった。それが僕には解っていたし、江夏君は

 僕が解っていた事を”解っていて”ストレートを投げてきたものだった」。


 
江夏が生涯でもっとも本塁打を多く打たれたのは、王の20本であった。

 その20本は全てストレート。江夏は王との対決でカーブもチェンジアップも使ったが

 ウイニング・ショットはストレートのみであった。

ストレートを待つ王。それを承知でストレートを勝負球に使う江夏。ストレートに拘る理由とは何か・・・?それは江夏の「プライド」であった。

タイガースのエース村山実は長嶋茂雄との対決に異常なまでの執念を燃やし、フォークボールを連投し長嶋に立ち向かっていた。

そんな村山のマウンドでの姿を見て、江夏は思った。
「村山さんは長嶋さんに向かう時、ロマンチストになった。それなら自分は王さんに対してプライドを武器にしよう」。


1970(昭和45)年6月11日。通算1000奪三振記録を「王さんから獲る」と志願の登板。王に対しストレートの握りを見せて勝負を挑む。という

今では野球漫画でも見られなくなったパフォーマンスを見せるが、王は2ホーマーを放ち江夏を粉砕した。

新聞は「個人記録に拘り、チームの勝利を犠牲にした」と一斉に批判した。

・・・・プロ野球にまだ「勝負の美学」が残っていた時代の、「最後の逸話」であった。



この年の10月12日、甲子園球場での阪神vs巨人。ペナントレース終盤に来て阪神と巨人の差は僅か0.5ゲームで、事実上の優勝決定戦と言われたゲーム。

ここで江夏の「プライド」が阪神の運命を決めた。阪神が2点リードの7回表、1死から末次民夫が四球で歩き、土井正三センター前ヒット。

高田繁が三塁前に意表をつくバントで揺さぶりをかけ満塁。ここで打席に王を迎える。


江夏はここでもストレート一本の攻め。いきなり2-0と王を追い込む。遊び球はない。次の3球目は外角低めの最高の一球だった。

キャンプではこの「外角低め」のコントロールを磨く為に1日250球も投げ続けたコース。文句なしのストライクで「勝負あった!」と江夏は思う。

「ボール!」主審・谷村の無情の判定に江夏は驚く。「ストライクやないか!」バッテリーを組んでいた辻”ダンプ”恭彦も食い下がる。

が、当然判定は覆らない。ここからが江夏の真骨頂である。2-1となった4球目は、全く同じコースの外角低めに渾身のストレートを放るがこれもボール。

そして2-3からのラストボールは、内角低めのストレート。左打者に対する膝元へのコントロールは江夏の前に江夏なし、江夏の後に江夏なし。とまで

言われる「最高の1球」であった。そんな自信のある1球・・・「ボール!」となり押し出し・・・・なお満塁で長嶋茂雄を迎えたが、「王との対決」で

精魂尽き果てた江夏に、もはや長嶋に対する術はなかった。逆転の一打はレフト線に飛んだ・・・・。


なぜ江夏は王に対して「渾身のストレート」しか投げなかったのだろうか。

「それは・・・・オレがオレであることを確かめたかったんだ」。 江夏豊。という投手のプライドを賭けた「王貞治との対決」。

「勝敗以上に大切なモノがある」。今の野球ファンには到底理解できない心情であろう。


語りつくされた感のある1968(昭和43)年の401奪三振世界記録樹立のシーズン。日本タイ記録である353個目の三振を王から奪ったものの

「新記録は王さんから獲る」の公約を守るため「三振を獲らずにアウトだけを獲る」という曲芸技の投球を披露。打者一巡で再び王から新記録の

354個目の三振を奪った。というエピソードもここに記しておく。


【王貞治・通算対戦成績】 (1967〜1975 1978〜1980)

258打数 74安打 20本塁打 57四死球 57三振  打率 .287


                                             



江夏 豊(阪神・広島)