ソルダム
通りを入った住宅地、その店は僕を待っていた。合歓の木陰に、生成りのパラソル。ブロンズのテーブルと、対の椅子。庭に張り出した、ガラス張りの厨房を眺めつつ、僕は遅い昼食を食べていた。冷たいスープに、香草の詰ったイサキのグリル。サンペレグリノに、四つ割ライムが添えてある。濃緑色の壜の向う、陽射しが跳ねる、その陽射しを受け、白い服が優雅に滑らかに、動いている。
コックにしては、痩せている。上背のわりに、随分と細く、厨房服の中、泳いでいる。 蝶みたいにひらひらと、白い手が何かを掻き混ぜている。 吊られた鍋を取ろうとしたか、伸び上がったその、白い首、華奢な顎、そして、優美な腕のライン。気付けば、眼が離せなくなっていた。 目が離せない自分に戸惑う余裕すら無くなってしまった。
そして、コックが、苺を摘み、その小さな口に入れる。小さな赤が、小さな口の中に消え、指先が、つと口唇を撫ぜる。 その指先は、色づいただろうか? グラスの硬水の炭酸が、眠たげに歌い馳せている。
そして、
コックがこちらを見る。
見たぞ!と、僕は目配せをして笑った。
見たな!と、コックは合歓の花が綻ぶように笑った。
コックはすいっと厨房から消え、程無くして、合歓の木陰に姿を現す。
アーモンドみたいな眼に、悪戯の予感。 癖の無い前髪は、日に透けて金色。
銀の盆に、ウェッジウッドの白と青。
注文に無い、苺のスウィーツを手にして、恭しくそれを僕に勧める。
綺麗な指、揃った短い爪、仄かに香る苺。
『お客様、此方、ささやかな秘密のお裾分けで御座います。』
お裾分けされたのは、秘密だけじゃぁないさ。 コックの君を僕は見つめる。
ねぇ君、これって甘いかな?
チェシャ猫みたいな顔をした君は、艶やかな赤を、指で摘んで、
僕の口へと放り込む。
一瞬掠めた、君の指先。 広がる酸味と、甘い果肉。
『特別、給仕で御座います』
済ました顔で、君が言うから、負けじと僕は、紳士宜しく、苺の香りの君の指に、
恭しくキスをした。
ほらね、秘密だけじゃない。
君が僕に、分けてくれた、その一番は、恋だと思う。
厨房服を脱いだ君は、やっぱり細くて、やっぱり綺麗で、コックの癖に、
レトルトが好きで、肉は苦手で、魚がまぁまぁ、 君って、何で出来てるの?
『果物が、あれば、生きてけるかも』
窓辺で君は、キャンベルを食べる。緑のそれを摘んで含む。 あぁ、確かにね、君はそう云うのが似合うよね、僕はフルーツを食べる君に、あの日、一目惚れしたのだから。 果実の名残で薄っすら光る、君の唇は、甘かった。
そして僕らは、町を歩く、噴水の周りをはしゃいでまわり、鳩に水を掛けて笑う。眩し過ぎる夏の陽射しに、目を細め、白いシャツの君を眺める。 君は、僕の少し前を、踊るみたいに、跳ねるみたいに、誘うみたいに歩いてる。 走りだす先は、アイスクリーム。 君は冷たく甘いものが好き。 蕩けるバニラを君は舐める。仔猫みたいな尖った舌で、ゆっくり小さく舐めている。
そんなじゃすぐに、蕩けてしまう、と、思ったら君が、食べて、と差し出す。
君の唇は、甘くて冷たい。 絡める舌は、冷たく甘い。
抱き締めた身体は、熱いのに。
盛夏の正午は、怠惰で、長閑で、飽きっぽい君は、半分仕上げたパズルを投げ出す。 赤いカウチで君は寝転び、足をパタパタ動かしている。
退屈している子供の顔だ。
『ねぇ、パスタ食べたい!パスタ、茹でて!』
そんなのだって、君、プロでしょう?
だけども君は、絶対しないし、僕は、細めのパスタを大鍋で茹でる。 子供みたいに背中に張り付き、君は、パスタを待っている。
『あぁ、火を弱めて、うん、あと1分、駄目!混ぜないで!さ、引き上げて!』
だったら君が、すればいいのに、そう僕が言うと君は答える。
『作って貰うのが美味しいの!すごおく、大好きな人にね!』
ほらね、君には、敵わない。
君はくるくるパスタを巻き取り、にんまり僕に差し出した。
温かいパスタ、バジルの緑、冷たいトマトのソースが彩る。
君は僕の、口唇を舐めて、 うん、良い味! と、威張って見せた。
空調のきいた部屋の中、浮ついた僕と、浮ついた君は、食べた御皿もそのままに、甘い時間を暫し、愉しむ。 ねぇ知っている? 君って、背中にホクロがあるの、小さな薄茶はオリオンのかたち、キスを落とすと君が跳ねた。
すんなり伸びた、足に斑、 ねぇこれ、何?
『厨房の中で、どっかにぶつけた、』
慌てん坊で、せっかちな君、夢中になると、前しか見えない、そんな君。
あぁ、だから、僕は、放って置けない。 見ちゃ居られなくて、愛しくって、センティシブな夏の、果実のように、君を守ってしまいたくなる。
エンジェルブルーの突き抜けた空、入道雲を友として、二日後の午後、君は大きな荷物を抱え、真っ赤な顔でやって来る。 この炎天の中、何をしてたの?
『ほら、これ! これ、しよ!』
君に急かされ、僕は動く、フローリングに特大のシート、白地に青の、ラインの入った、閃くシートは、波間のようで、リビングの海で、君がはしゃぐ。 そうして君は、真剣な顔で、透明なそれを、膨らませて行く。 丸くて、小さな、ビニールプール、バケツ7杯、そこに投入、勿論それは、僕の仕事。 早く!早く! と、君は浮かれる。
『此処、庭無いし、外、暑いもの』
つるりと果実を剥くように、服を落として、君が笑う。 つま先を浸し、小さく竦む、プールに浮かぶ、数個の果実、君の足の、痣みたいな色。 ゆるゆる君は、水底に浸り、やがてゆったり身体を伸ばす、君の肌に、水滴が光り、揺らめく水越し、君も揺らめく、それは夏の、甘い水菓子。 甘くて冷たい、水の、果実。
プールに浮かぶ、果実に君が、優美な腕を伸ばして掴む、何かに似てると、今気が付いた、白鳥の首に、それは似ている、物憂げでいて、屈しないそれ。
君の口元、一瞬覗く、仲良く並んだ小さな歯。
潔く開けた、君の口唇、丸い果実に齧り付く。
真っ赤な果肉、溢れる果汁、きっと甘い、深紅の果汁が、きっと甘い、君をつたう。 濡れた口元、細い頤、鎖骨に迷って、胸まで続く、胸の果実も、深紅に染まる。 白い肌に、深紅が走る。 上向いて伏せた、瞼が震える、落とした睫毛の、影に色彩。
『服くらい、脱げばいいのに』
あぁ、まどろこしい、かまやしないさ。
僕は食べたい、果実が食べたい、プールで熟す、甘くて冷たい、君って果実を、今すぐ食べたい。 濡れたTシャツは煩わしいけど、そんなの構っちゃ居られないだろ? 透明な器、透明な飛沫、二人で齧る、深紅の果実、滴るのは何も、果実の深紅だけじゃない。 甘く酸っぱい果実を味わい、甘く蕩ける君を味わう、ひんやり熱い、君を味わい、小さな海に僕は溺れる。
ねぇ知っている? 君がどんなか。
水際で揺れる、齧りかけの赤。 水際で響く、密やかな声。
時間は止まって、僕らがすべて。 蜜のように、絡みつく。
あぁちゃんと、だから、捕まえといてよ、溺れないように、流されないよに、僕ら二人が離れないよに。
君は素敵、素敵な果実、一口齧れば滴る果実、君には甘美な秘密が一杯。
君に、僕は、教えてあげる。
君の、意味を、今夜内緒で教えよう。
July 28, 2002
* はむこ 様 ・・ゴスペラーズの「Get me on」「君に君の意味を今夜教えよう」というフレーズ
そして、エロSS. エロ、でしょうか? ちょっと、可愛い感じ。