隅田稲荷神社祭礼      
6月15日前の土・日曜日   隅田稲荷神社(03-3611-7846
(墨田区隅田4-38、東武伊勢崎線・鐘ヶ淵)
3年に1度の本祭が2005年に行われたがその名物は万燈神輿だ。神輿の本体が万燈で作られていて、万燈には隅田川の開拓者、江川善左衛門や神社の縁起などの絵が描かれ万燈の上には弓張提灯が飾り立てられ夜空に万燈の灯が映える様は華麗で優雅。各町会で担ぎ継がれて鐘ヶ淵通りを錬り、狭い道路は人で溢れ万燈は右に左に揺れる。天文年間(153254)伊豆の堀越政知の家臣だった江川善左衛門が戦いに敗れて、この地に逃れてきて開墾し、伏見稲荷を勧請して氏神とした。約140年前の元冶年間、善左衛門の遺徳を讃えた里人が万燈に善左衛門の開拓由来の錦絵を描いて神輿として担いだのが始まりと伝えられる。
万燈神輿 昔はこの地は僅か57〜8戸の純農村地帯で村には金も無く立派な神輿が作れなかったので安価な手作り万燈神輿を担いだ。午後5時半、神社近くの神酒所を出発するが、鐘ヶ淵淵通りを100b前後錬り歩くと各町内で担ぎ継ぎするため休憩しまた進む。神輿の点燈は午後7時。
昼の万燈神輿  昭和49年、復活した神輿は1.4b四方、高さ2b、重さ1トン、善左衛門縁起由来の絵を四面にあしらい、弓張り提灯60個を掲げ、上に鳳凰の代わりに稲荷の使い姫の狐が乗りフジの花が華やかに垂れ下がる。
万燈神輿の絵  五代目善左衛門衛門が伊勢外宮参拝の帰途、悪鬼におそわれたが、8人の山伏が現れ助けてくれた。山伏は村まで送ってくれ村に着くと忽然と消えた。隅田稲荷は前まで山伏や善左衛門の徳を讃え「八僧稲荷」または善左衛門稲荷」と呼ばれていた。

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墨田の地名  もともとこの近辺は墨田村という村で、墨田の名前自体が古く、治承4年(1180)の吾妻鏡R>にも墨田の字が見える。洲田がいつしか墨田になったといわれる。字は、住田、隅田、角田、墨田など色々であった。