【昭和50年度】

昭和50年、地域の少年育成と剣道の普及を目的として、亡き先代館長・池田呑先生により福岡如水館が福岡市南区老司に誕生した。10月「剣士募集」の看板を見て集ったのが地元老司小学校の児童約10数人であった。もちろん皆初心者で稽古着・袴の着方、竹刀の握り方から指導を受けた。

【昭和51年度】

1月には入門からわずか3ヶ月で防具を付けての練習となり、道場内では竹刀を叩く音が響き剣道道場らしさが芽生えた。その後池田呑館長先生の熱意あるご指導に憧れ、近郊から剣道経験者が少しづつ入門し、少年剣士の数も30人を越えるほどとなる。そして4月には試合経験のないまま「第8回桜花少年剣道大会」(北九州市)に初出場することとなる。記念すべき大会試合の第1号は当事小学生チーム(田原正樹、川波清明、前田克己、藤本良治、合田慎一郎)で先鋒を務めた田原正樹君であった。結果は0対5の惨敗でこれが如水館史上に残る初めての成績となる。ところがその2ヶ月後の6月「福岡市南区剣道祭」において小学低学年の部で合田吉博君が見事個人優勝し、如水館創立初の優勝を飾った。また、7月には昭和45年の世界選手権優勝、大学日本選手権で個人優勝や高校玉竜旗大会で前人未到の三連覇(S.33〜35)の偉業を持つ現館長・池田健二先生が東京より帰福され、池田呑館長先生と共に指導に当たられた。8月はに小学生チームを、東京・日本武道館で開催された「全日本少年剣道錬成大会」に池田健二先生が率いて、見事パート3位の成績を収めた。当事はパート決勝戦までであった為、優良賞が贈られた。その時の賞状が30年たった今も色褪せながら道場に飾られている。そして創立一年未満でこのような成績を納めたとのことで、地元RKBラジオが取材に訪れ、電波を通して如水館が広く紹介された。これを機に、近郊の大会に出場しては、団体・個人共に好成績を残せるようになる。また毎回試合当日の朝、道場では初代父兄会会長・川波清孝氏がそのつど為書に「必勝、如水館」と書き記し、それを全員で唱和して出陣していた。この吉例は10年以上も続いた。

【昭和52年度】

昭和52年、日本剣道連盟主催の全日本東西対抗剣道大会(熊本市)において、現館長・池田健二先生が福岡県代表として出場され、強豪の師範が名を通なる東軍に対して、見事7人抜きを果たせられた。これは前年の全日本剣道選手権優勝者小川功先生(大阪府警)の8人抜きに次ぐ第2位の成績で、まさに後世に残る素晴らしい試合であった。

【昭和53年度】

如水館史上初の決勝戦進出は、昭和53年4月の「桜花少年剣道大会」(北九州市)で、如水館一期生となる中学生チーム(田原正樹、尾崎満生、石川英樹、松延一男、藤田佳憲)が強豪・高田中学校と戦った。結果は0対5の大敗で優勝することの難しさを痛感する大会であった。しかし9月10日「大原合戦記念奉納武道大会」(小郡市)に出場した小学生チーム(野見山賢也、桐山孝雄、合田吉博、内田盛悟、松延健治)が見事団体優勝し、館創立3年目にして念願の優勝を果たし道場一丸喜びに溢れた。またこの年から水田輝雄先生が如水館のコーチとしてご指導にあたられるようになった。

【昭和54年度】

昭和54年は、如水館剣士が全国大会の檜舞台で活躍する年となる。8月に「全日本選抜少年剣道個人錬成大会」(東京・日本武道館)で小学生の部において合田吉博君が3位に入賞。また中学生においては田原正樹君と合田慎一郎君が福岡玉竜館のメンバーとの混成チームにて福岡県代表三宅中学校として「全国中学校剣道大会」(東京・日本武道館)に出場し、準優勝に輝いた。また「第一回大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)にては、小学生チーム(占部大介、本村真理、桑野照久、小河弘幸、合田吉博)が見事準優勝の成績を収めた。そして「全日本少年剣道優勝大会」(福岡市)においては小学二部門(低学年・高学年)で完全優勝する快挙を成しおえた。

【昭和55年度/創立5周年】

昭和55年は如水館の黄金時代の幕開けの年となった。同年4月「桜花少年剣道大会」(北九州市)では中学生チーム(松延健治、高木宏久、堤健志、牟田静馬、前田克己)が初優勝を飾り新年度幸先よいスタートとなった。同年8月の「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)においても3位の成績を残し実力ある道場として注目されだす。そして同じく8月、「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)小学生の部(松延雅彦、松岡洋一郎、占部大介、桑野照久、市川竜太郎)では悲願の全国制覇を成し遂げる。創設4年10カ月での快挙であった。そして同大会では圧倒的強さで決勝戦まで勝ち進み、決勝戦では5対0という強さで観衆を驚かせた。また、同大会の小学生個人戦(全日本選抜少年剣道個人錬成大会)においても、市川竜太郎君が準優勝を果たした。その後も小学生チームは、「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)で優勝。そして茨城県水戸市で開催された「全国選抜少年剣道錬成大会」においては3位の好成績を収めた。そして9月福岡武道館で参加200チーム、小中延べ1100人でおこなわれた「福岡如水館創立5周年記念少年剣道大会」において、小中共に団体の部で見事優勝した。

【昭和56年度】

昭和56年、前年の全国制覇の重圧を感じながら、連覇を目標に日々練習の年となる。そして8月「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)において小学生チーム(中村浩昭、篠塚一彦、村田省三、桑野永広、山本竜)が見事二連覇の夢を果すこととなる。またこの大会の決勝戦は同県勢の今宿少年剣道部(福岡市)で福岡勢強しの印象を全国に植え付け、その内容は地元西日本新聞に大きく取り扱われた。そしてそのほか「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)、「西日本少年剣道大会」(北九州市)「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)、「全日本少年剣道優勝大会」(福岡市)などの大会においても優勝し、最強の小学生全国ナンバーワンチームと評価される。そしてこのチームは3年後の中学生チームになっても全国制覇を成し遂げる。また中学生チーム(神鷹太海、市川竜太郎、桐山孝雄、合田吉博、松延健治、野見山賢也)は「大麻旗争奪剣道大会」において準優勝を果たす。決勝戦の相手は福岡玉竜館で創立以来目標としていた道場だけに破れたことが悔やまれた。

【昭和57年度】

昭和57年は、中学生チーム(桑野照久、松延雅彦、市川竜太郎、神鷹太海、合田吉博)は、7月前年・前々年と小学生チームが全国制覇を果たした「全日本少年錬成剣道大会」(東京・日本武道館)に中学生の部として館創立初の決勝戦進出を果たすが、鹿児島の富隈道場に破れ、道場としての3年連続優勝の全国制覇とはならなかった。しかしその悔しさを翌8月の「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)において見事優勝し、前年の小学生チーム優勝につづき、道場として2年連続の優勝を勝ち取った。

【昭和58年度】

昭和58年、「福岡県道場連盟少年剣道錬成大会」の小学生低学年の部に、如水館チーム(江口耕一、坂井博之、竹原聡、山本研、池田康二)が出場し準優勝を納める。また7月の「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)においては、中学生チーム(山本竜・村田省三・松延雅彦・桑野照久・市川竜太郎)が昨年に続き2年連続優勝の快挙を挙げる。そして8月の「全日本選抜少年剣道個人錬成大会」(東京・日本武道館)において市川竜太郎君が小学生時代に続く2度目の準優勝の栄を勝ち取った。また同大会では、小学生チーム(山内順之・梅崎宏志・川上晋平・小畑賢太郎・市川威徳)が3位の好成績を収めた。そして翌年3月には全国各地から358チームが参加した「全国選抜少年剣道錬成大会」(水戸市)で悲願の水戸大会初優勝の全国制覇を創立8年6ヶ月にて達成した。

【昭和59年度】

この年8月におこなわれた「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)において7回目の出場となる中学生チーム(中村浩昭、篠塚一彦、村田省三、桑野永広、山本竜)が、悲願の優勝を果たす。道場としては東京大会3度目の全国制覇である。そして同大会中学生の部の2位は筑紫野清剣会、3位は筑水館、個人優勝は今宿少年剣道部の鍋山隆弘選手でいずれも福岡県のチーム、選手で県内のレベルの高さがうかがえる大会となった。そしてこの中学生チームは小学生時代においても全国制覇をしており、小中完全優勝という偉業を成し終えた。その後「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)においても優勝し、安定した強さがあるチームであった。また小学生チーム(川上哲平、小畔翔、坂井広孝、三角康二、池田康二)も「全日本少年剣道優勝大会」(福岡市)でも優勝するなど、創立10年を迎えるまでに、全国規模の大会において延べ10回の優勝旗を手に入れた。

【昭和60年度/創立10周年】

昭和60年は、如水館創立10周年の記念の年である。この年「如水館創立10周年記念大会」が福岡市の九電記念体育館にて、出場約300チームで盛大におこなわれた。そして小学低学年の部・高学年の部・中学生の部のすべてにおいて如水館が優勝した。またこの年の小学生チーム(坂井博之・竹原聡・江口耕一・山本研・池田康二)が7月の「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)で準優勝、8月の「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)においても決勝戦に進出するも宮崎の延岡修道館に破れ、準優勝。つづく「大麻旗争奪少年剣道大会」(佐賀県)でもおなじく準優勝とたいへん悔しい結果が続いた。しかし「妙法旗争奪選抜少年剣道大会」(岡山県)で優勝すると、破竹の勢いで「全日本少年剣道優勝大会」(福岡市)も優勝。それに刺激され中学生チーム(市川威徳・毛利隆史・佐藤淳二・成田照樹・三角慎一)も「西日本少年剣道大会」(北九州市)で優勝。小学低学年チーム(立花義人・吉田将昌・山本豪・早川毅・仲田裕二・水田高志)も「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」(古賀市)でも優勝を飾った。










【第二章・飛躍  創立10周年から20周年まで】

【昭和61年度】

この年の小学生チーム(山本豪、立花義人、三角篤史、上平瀬努、内野健志)は全員が身長140cm前半の如水館史上おそらく一番小柄なチームであった。8月の「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)においては、大将戦あるいは代表戦という薄氷を踏む戦いを勝ち進み、前年度準優勝の雪辱を晴らす5年ぶりの3回目の全国制覇を成し遂げた。また9月には「全日本少年剣道優勝大会」(福岡市)においても優勝し、如水館強しの強烈な印象を与えることとなる。そして同年冬、全国大会優勝チームということで松山剣道連盟から招待を受け、松山市内にホームスティをし松山遠征を実施する。この縁で如水館と愛媛成武館をはじめとする松山剣道連盟の道場との交流が現在も行われている。そしてこの年の夏、「全国高校インターハイ」にて如水館OBで福岡県立春日高校剣道部の市川竜太郎君(3年)が個人の部で見事、全国優勝を果たす。

【昭和62年度】

昭和62年の小学生チーム(仲田裕二、早川毅、山本豪、吉田将昌、立花義人)は4月の「桜花少年剣道大会」(北九州市)を皮きりに出場した試合約30数回の内20回以上優勝という成績を収めた。特に岡山で開催された「妙法旗選抜少年剣道大会」では、西日本各地からの精鋭を跳ね除け、昭和60年大会以来2年ぶり2回目の優勝を手中に収めた。その大会の模様は当時中国地方民放で放映され、如水館の名を更に知らしめた。そして8月東京日本武道館でおこなわれた「全日本少年剣道個人錬成大会」(東京・日本武道館)において見事立花義人君が全国優勝し、道場創立12年目で個人の全国チャンピオンを輩出した。その後「西日本少年剣道大会」(北九州市)の個人戦でも向かうところ敵なしの如く優勝した。また中学生チーム(江口耕一、三角康二、小畔翔、池田康二、坂井広孝)は、8月の「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)で56年の小学生チーム以来の優勝を飾った。

【昭和63年度】

創立から13年、名実共に全国に名の知れ渡る道場となった福岡如水館であるが、昭和63年3月16日創立者であり初代館長の池田呑先生がご逝去された。享年82歳。如水館いや全国の剣道界においても深い悲しみの日となった。そして館員一同初代館長先生の意志を守りぬくことを心に誓い日々の練習に精進した。そして、8月「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)においては、初代館長先生の孫にあたる池田康二君が前年小学生の部の立花義人君に続き、中学生の部で見事個人で全国優勝し、祭壇に栄誉の報告ができることとなった。しかし団体戦の中学生チーム(坂井博之、井上賢臣、江口耕一、竹原聡、池田康二)は決勝戦で練兵館(栃木)に敗れ準優勝となる。またこのチームは小学生時代にも準優勝で悲願の全国優勝を達成ことができなかった。

【平成元年度】

平成元年の小学生チーム(川上陽平、江口信介、徳永健一、前田鉄平、坂井貴浩)は二大全国大会「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)、「全国選抜少年剣道錬成大会」(水戸市)を完全制覇したチームである。ほかに7月の「筑前旗争奪少年少女剣道大会」(北九州市)にも優勝し向かうところ敵なしといった強さであった。また中学生チーム(内野健志、三角篤史、立花義人、早川毅、山本豪)も「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)や「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」(福岡市)においても優勝するなど素晴らしい成績を残すことができた年でもある。そして7月におこなわれた「高校玉竜旗剣道大会」(福岡市)では、如水館OBの市川威徳君と池田康二君が福岡大付属大濠高校の主力選手として出場し、見事優勝をした。

【平成2年度/創立15周年】

4月15日、九電記念体育館(福岡市)において九州各県から約300チーム、小・中学生合わせて約2,000人もの少年剣士が集った「福岡如水館創立15周年記念少年剣道大会」が盛大に開催された。そしてこの大会において如水館小学生チーム(乙木誠一、瀬口哲平、有吉哲、徳永剛志、中野博伸)は優勝。中学生チーム(早川毅、矢野賢治、仲田裕二、吉田将昌は、立花義人)は準優勝という主催道場として恥じない成績を収めた。また「若鮎旗争奪少年剣道大会」(延岡市)に出場した小学生低学年チーム(江口孝吉、上野貴裕、福川賢太郎、梶原和彦、内野伸二)は決勝戦で延岡修道館に本数勝ちの接戦で破り見事優勝。その後低学年の部として出場した三大会すべてにおいても優勝という好成績を収める。この年の中学生チームは「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)や「B&G旗争奪九州地区少年剣道大会」で優勝するなど九州地区では常に上位を占める実力を兼ね備えていった。そして小・中学生の混成チーム(内野伸二、徳永剛志、瀬口哲平、仲田裕二、立花義人)で出場した「ジュニア剣道九州大会」(福岡市)で優勝し、それに続く「ジュニア剣道関東大会」(東京・日本武道館)では特別招待チーム(内野伸二、有吉哲、瀬口哲平、於保満男、立花義人)として出場し見事優勝。実質の全国大会優勝を道場の総力で勝ち取った結果となった。また地元福岡で開催された国体で、剣道・少年男子の部でOBの池田康二君(福大大濠高)と小畔翔君(福岡商業高)が選抜メンバーに選ばれ、期待通り優勝を飾った。

【平成3年度】

8月におこなわれた「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)において小学生の部で如水館チーム(中野博伸、原田雄児、徳永剛志、内野伸二、福川賢太郎)が通算3度目の小学生の部の優勝を果たした。そして「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)では一昨年の優勝を目標に望むが惜しくも準決勝戦で敗れ3位となる。その後「西日本少年剣道大会」(北九州市)や「全日本少年剣道優勝大会」(福岡市)では奮起の優勝を勝ち取る。そして平成4年3月「全国選抜少年剣道錬成大会」(水戸市)では、平成元年以来2年ぶりの全国制覇を成し遂げ、昨年夏の屈辱を果たす。

【平成4年度】

平成4年の小学生チーム(江口孝吉、上野貴裕、福川賢太郎、梶原和彦、内野伸二)は、7月の「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)において初戦から順当に勝ち上がり、決勝戦では柏武道館(千葉)を2対1で破り、小学生の部で大会最多の5度目の全国優勝を飾る。そして副賞として日本・台湾の親善少年剣道使節団として台湾に派遣され、台湾の歴史・文化・芸術に接し、親善試合を通して台湾の少年剣士と交流を深めた。また8月の「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)の小学生の部においても優勝をする。7月に全国制覇をした小学生チームは、平成5年3月に「全国選抜少年剣道錬成大会」(水戸市)に出場し、決勝の巴戦で無心館(岐阜)と前回決勝で対戦した柏武道館(千葉)に勝利し、前年の大会に続き2連覇を果たした。これは如水館創立以来2度目の二大全国大会夏春連覇となった。

【平成5年度】

この年の小学生チーム(松本匡弘、渡辺健太、光安力、瀬口萠、上野貴裕、田中大悟)は4月の「桜花少年剣道大会」(北九州市)から5月「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」(福岡市)まで破竹の5連勝と快進撃で優勝続けた。そして前年制覇した「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)では2年連続の決勝戦進出であったが惜しくも宮崎県の剣心館道場に破れ準優勝という結果となる。またこの大会で上野貴裕君がおこなった選手宣誓では「Jリーグなど華やかなスポーツを横目に見ながら、日本の伝統である剣道を守るために苦しい練習を乗り越え頑張ってきた」と唱え、会場の日本武道館内全員に感動を与え、後々まで語り種となった。そして次の「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)では、全日本錬成大会の屈辱に燃え激戦を制して優勝を飾った。

【平成6年度】

平成6年の小学生チーム(福川大器、乙木宏之、梅崎達也、黒木陽亮、渡辺章太)は7月の「有明海旗争奪少年剣道大会」(柳川市)で宮崎の延岡修道館に決勝戦で破れ準優勝、「JR九州少年剣道大会」(福岡市)でも、決勝戦で今宿少年剣道部に破れ準優勝となる。また中学生チーム(福川賢太郎、原田雄児、梶原和彦、飯盛嘉介、内野伸二)が、7月の「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)で3位に入賞し、その後「大麻旗争奪少年剣道大会」(佐賀県)では見事優勝を果たした。

【平成7年度/創立20周年】

平成7年の小学生チーム(渡辺一秀、乙木宏之、品川幸隆、梅崎達也、福川大器)は4月の「若鮎旗争奪少年剣道大会」(延岡市)や「筑前旗争奪少年剣道大会」(福岡)、「JR九州少年剣道大会」(熊本県)などや、8月の「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)で優勝するなど輝かしい成績を収めた。またこの年の「高校玉竜旗剣道大会」では、団体女子の部で福岡の筑陽学園が優勝し、如水館OBの案浦しおり君が優勝に貢献した。そしてこの年「福岡如水館創立20周年記念剣道大会」が福岡市の福岡市民体育館にて参加約300チームで盛大におこなわれた。


第三章・向上  創立20周年から30周年まで】

【平成8年度】

平成8年の中学生チーム(光安力、田中大悟、岡拓郎、渡辺健太、上野貴裕)は7月の「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)で優勝した。また小学生チーム(鷹見由紀子、藤貫一樹、鷹見謙信、中村貴紀、下川裕之)は8月の「全日本少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)では惜しくも準優勝。決勝戦は平成4年優勝したときと同じ千葉の柏武道館。4年前の屈辱を果たされた結果となった。しかしその後「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)、「有明海旗争奪少年剣道大会」(柳川市)などでは優勝をした。そして「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」(福岡市)では、小学高学年団体、小学女子団体、中学生団体の3部門で優勝し、如水館の強さを認識した大会であった。翌9年1月には「昇龍旗争奪全国選抜少年剣道大会」(岡山県)で、小学生チームが地元岡山の福田道場を決勝戦で破り、大会初優勝。また中学生チームも3位に入る健闘であった。またこの年の「全日本学生剣道優勝大会」では、OBの立花義人君(同志社大)が個人優勝という快挙をあげた。

【平成9年度】

小学生低学年チーム(渡辺雄太、大熊勇矢、中園和宏、梅崎洋介、荒木佑介)は「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」(福岡市)をはじめ、低学年の部がある大会にはほとんどが優勝する強さであった。そしてこの大会では昨年につづき小学生女子チーム(岡ともえ・生井文知子・鷹見由紀子)が優勝した。そして小学生高学年チーム(荒木佑介・岡ともえ・生井康寛・生井文知子・鷹見由紀子・原口拓也)は、「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)、「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)、「有明海旗争奪少年剣道大会」(柳川市)で優勝するなど福岡県近郊では圧倒的強さを誇っていた。また「西日本少年剣道大会」(北九州市)においては、小学6年生個人の部で鷹見由紀子君が男子剣士相手をことごとく破る活躍で見事優勝した。

【平成10年度】

この年の小学生チーム(渡辺雄太、梅崎洋介、荒木佑介、山岡幸介、生井康寛)は、4月の「桜花少年剣道大会」(北九州市)で優勝し、つづく「若鮎旗争奪少年剣道大会」(延岡市)、「有明海旗争奪少年剣道大会」(柳川市)においても優勝して、7月の「全日本少年錬成剣道大会」(東京・日本武道館)に臨むが惜しくもベスト16で敗退。その悔しさを忘れず8月の「西日本少年剣道大会」(北九州市)では小学低・高学年混成チーム(渡辺雄太、大熊勇矢、荒木佑介、山岡幸介、生井康寛)でみごと優勝。またこの大会では、小学4年生の個人の部で渡辺雄太君が優勝、中学女子の部では鷹見由紀子君が準優勝の素晴らしい成績を収めた。

【平成11年度】

平成11年の、小学生チーム(渡辺雄太、高倉陽栄、梅崎洋介、荒木佑介、平田啓)は、「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)や「有明海旗争奪少年剣道大会」(柳川市)、「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」(福岡市)、「JR九州少年剣道大会」(熊本県)で優勝するなど常勝道場の名を広く知らしめた。また中学生チーム(町田拓哉、藤貫一樹、鷹見謙信、中村貴紀、下川裕之)は7月の「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)で優勝し、つづく「大麻旗争奪剣道大会」で3位、「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」では優勝するなど見事な成績を収めた。そしてこの年の中学女子チーム(鷹見由紀子、生井文知子、半田香織)は女子中学剣道の最強チームと言われ、女子の大会ではことごとく素晴らしい成績を残した。また岡山で開催された「全国道場対抗剣道大会」では道場の名誉のため、各年代から選抜したメンバー(荒木佑介、下川裕之、立花義人、市川竜太郎、山岡幸治)で3位入賞を果たした。そしてこの年の11月東京・日本武道館でおこなわれた第47回「全日本剣道選手権」大会(東京・日本武道館)に池田康二君(九州電力)が福岡県代表として、また如水館のOBとして初出場した。

【平成12年度/創立25周年】

8月福岡の九電記念体育館にて「福岡如水館25周年記念剣道大会」が盛大におこなわれた。小学低学年団体戦は、今宿少年剣道部が優勝し、如水館チーム(川本聡一朗、鈴木伸吾、石田慎一、瀬口陽介、秀徳信彰)は準優勝。小学高学年団体戦は如水館チーム(渡辺雄太、大熊勇也、石口友博、瀬口貴文、鈴木祐介)が優勝。中学生団体戦は愛媛・成武館が優勝し、如水館チーム(鷹見由紀子、生井文知子、原口拓也、上鶴利文、生井康寛)は準優勝という結果であった。そしてこの年の小学生チームは「少年玉竜旗争奪剣道大会」(福岡市)「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)、「備後少年剣道大会」(広島県)、「有明海旗争奪少年剣道大会」(柳川市)で優勝し、「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」(北九州市)では、小学生低学年チームと中学女子チーム(半田香織・簗瀬素子・生井文知子)が揃って優勝した。また中学女子団体では「少年玉竜旗争奪剣道大会」、「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」を優勝し、「大麻旗争奪剣道大会」は準優勝などの成果を挙げた。また個人では「西日本少年剣道大会」(北九州市)にて、鷹見由紀子君が優勝、生井文知子君が3位など素晴らしい成績を残した。そして千葉で開催された「全国道場対抗剣道大会」に選抜メンバー(渡辺雄太、鷹見由紀子、内野伸二、合田吉博、山岡幸治)で臨み、準優勝を飾った。また中学女子個人の部において鷹見由紀子君が3位入賞も果たした。11月昨年の池田康二君に続き第48回「全日本剣道選手権大会」(東京・日本武道館)にOBの立花義人君(九州電力)が出場し3位入賞を果たした。準決勝の相手は大会三連覇をねらう強豪・神奈川県警の宮崎正裕選手で一本負けの悔しい結果であった。

【平成13年度】

平成13年の中学生チーム(荒木佑介、梅崎洋介、山岡幸介、生井康寛、平田啓)は、8月の「西日本少年剣道大会」(北九州市)ではチーム一丸となり愛媛成武館を決勝で破り5年ぶり4回目(中学生の部)の優勝を飾った。また小学低学年チーム(高倉聖幸、瀬口陽介、秀徳信彰、樫原圭亮、川本慎二朗)は、「昇龍旗争奪全国選抜少年剣道大会」(岡山県)で平成9年の高学年につづき2回目の優勝を飾った。この年発行された月刊誌「剣道日本」4月号には技術連載のコーナーで、池田健二館長とOBの立花義人君(九州電力)が師弟関係を通して取り上げられ、剣道の技と考え方、そして如水館の強さと高いレベルを広く紹介された。

【平成14年度】

この年小学生チーム(川本聡一朗、鈴木伸吾、石田慎一、瀬口陽介、秀徳信彰)の優勝した「備後少年剣道大会」(広島県)と「西日本筑前旗争奪少年少女剣道大会」(福岡市)以外は、中学生チーム(荒木佑介、平田啓、梅崎洋介、渡辺雄太、大熊勇也)も2位や3位という悔しい結果が多く、優勝することの難しさを痛感した年でもある。そして11月OBの立花義人君(九州電力)が実業団選手ながら平成12年に続き2回目の「全日本剣道選手権」に出場し、ベスト8に入る成果を挙げた。

【平成15年度】

平成15年は、前年の悔しさをばねに、数々の大会において優勝する年となった。小学生チーム(高倉聖幸、秀徳信彰、瀬口陽介、渡辺祥史、樫原圭亮、川本慎二郎)は、「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)、「昇龍旗争奪全国選抜少年剣道大会」(岡山県)、「有明海旗争奪少年剣道大会」(柳川市)そして、翌年3月394チームが参加した「全国選抜少年剣道錬成大会」(水戸市)では平成3、4年の連覇以来11年ぶり5回目の優勝を果たした。これは大会優勝最多の記録である。また中学生チーム(渡辺雄太、大熊勇也、上野正裕、江崎年昭、石口友博)も7月の「全国少年剣道錬成大会」(東京・日本武道館)で栃木練兵館を決勝戦で破り、昭和59年以来じつに19年ぶり2回目の優勝を果たすなど、小・中学共々全国の頂点に立った年であった。この全国制覇を記念して如水館OB会より応援団旗が贈られた。この応援団旗には先代館長、故・池田呑先生が生前よく言われていた「剣道は気魄だ」と言う言葉を引用して、「気魄」と書き記した。また「全国道場対抗剣道大会」(岡山)に出場した年代別選抜メンバー(高倉聖幸、渡辺雄太、飯盛嘉介、立花義人、市川竜太郎)は、決勝戦まで進出。対戦相手は12年度大会決勝戦で破れた栃木の練兵館であった。そしてまたしくも練兵館の層の厚さに勝ることができず準優勝で終えた。

【平成16年度】

平成16年度は中学生チーム(高倉将利、曽木堅登、楠元裕太、秀徳洋樹、川本聡一朗)が「筑前旗争奪少年少女剣道大会」(北九州市)で優勝。また小学生チーム(樫原圭亮、川本慎二朗、蓮井寿宗、津田佳菜子、赤木勇一郎)が「今宿少年剣道部創立30周年大会」(福岡市)で小学高学年の部優勝。「大麻旗争奪剣道大会」(佐賀県)、「有明海旗争奪少年剣道錬成大会」(柳川市)では準優勝。翌年2月の「備後少年剣道大会」(広島県)では小学生・中学生のダブル優勝を果たす。そして3月の「全国選抜少年剣道錬成大会」(水戸市)では決勝戦まで進出するものの香川県の光龍館に破れまたしくも準優勝で終わる。一方OBでは鷹見由紀子君(清和大)が「全日本女子大学選手権」で準優勝。高校生では平田啓君(県立筑紫丘高)も「全国高校インターハイ」で準優勝の素晴らしい成績を挙げた。また月刊誌「剣道日本」12月号にはOBの市川竜太郎君(公務員)が「思い出の一本」と題して紹介され、翌年2月号にはOBで東京・本郷学園高校剣道部監督の合田吉博君が同コーナーで市川君に続き紹介され、如水館OBの層と活躍ぶりを更に広く知らしめた。

【平成17年度/創立30周年】



【第四章・回想  創立30周年を迎えて】

今は亡き先代館長池田呑先生、現館長池田健二先生の熱意あるご指導を受けた五十年代後半から六十年代、平成にかけての僕等の時代には、福岡如水館はすでに九州はおろか全国的にも名門道場のひとつとしてその名をとどろかせていた。その影には先代館長池田呑先生の奥様(通称おばあちゃん)と現館長池田健二先生の奥様(通称おばちゃん)の忘れられない大きな存在もある。先代館長池田呑先生は、自宅と道場を結ぶ長い石段通路を杖をつきながらではあったが毅然とした表情と姿勢で道場通いを続けられ、現館長池田健二先生のご指導のもと稽古に励む僕達を静かに見守り、時には叱咤激励されていた。また自らも防具を付けられ、小学校低学年から高学年に至るまで稽古をつけておられたその姿は今でも脳裡に焼きついている。剣道を志す人は数多くいるが、師範には生涯一度も稽古をつけてもらえない人も多いと聞く。福岡如水館の館員であった僕達は、小学校低学年から毎日のように、当然の如く稽古をつけていただき、今にして思えば、最大の幸運に恵まれたと思わざるを得ない。また父兄も、先代館長の少年育成に関わる熱意と躾教育の影響を受けた人は少なくない。現館長の池田健二先生は優しさと厳しさの調和したすばらしい指導をなさる方であった。鉢巻組としての関わり方、同様に小学校低学年、高学年、中学生、と一人ひとりの性格と技量に応じた指導をなさっていた。稽古の時は厳しくても試合会場で決して怒ることはなかった。それどころか試合場に足を踏み入れることさえなく、一般父兄席で観戦され選手一人ひとりの動静を把握されていたことを思い出す。どこの家庭でもそうではないかと思うが、夕食の食卓を囲みながらの話題はその日の道場での稽古であった。道場での試合で負け、夕食の席で負け試合を家族に話さなければならない悔しさを思うと泣きながら道場を後にするものであった。その姿をそっと道場の下の自転車置場から見守っておられたのがおばあちゃんであった。やさしい微笑みを浮かべ「明日頑張ろうね。」「気をつけて帰りなさい。」等と励まし元気づけてくださったおばあちゃんの姿が見えないと寂しさを感じたものである。面付けを許されると嬉しい反面、慣れない手つきで面紐を結ぶのに初めはたいへん苦労したものだ。その時さりげなく手伝ってくださったのがおばちゃんであった。試合の時は試合会場に駆けつけ、試合の応援に行けない日は帰り着く頃必ず道場で迎えてくださり、喜び悲しみを共に分かち合ってくださった。このようなすばらしい指導者、環境に恵まれ厳しくも楽しい思い出が数多く残る福岡如水館で、剣道の修練を積むことができたことは僕達の誇りである。道場の正面中央に掲げられた五つの「館員の願い」は、社会人となった今も折に触れてよみがえり、時にはブレーキに、また時にはくじけそうになる僕達を励ましてくれる。これからも「館員の願い」を目標に歩んで行きたい。

(福岡如水館OB/竹原大介)

福岡如水館30年のあゆみ

【第一章・創成  創立から10周年まで】

▲昭和51年8月 創立10カ月で全日本錬成大会に初出場し優良賞を受賞した小学生チームと先代館長・池田呑先生

▲昭和53年8月 小中揃って出場した全日本錬成大会

▲昭和50年代 学期ごとに館内大会を行い剣道の向上と試合に対する執着心を養っていた

▲昭和54年8月 大麻旗大会にて見事準優勝した小学生チームと池田呑館長

▲昭和54年度 全日本優勝大会にて見事小学二部門(低学年・高学年)を制し、2本の優勝旗を持ち帰った小学生チーム

▲昭和55年4月 桜花大会で初優勝を果たした中学生チームと池田呑館長と池田健二先生

▲昭和55年8月 全日本錬成大会にて見事小学生チームが初優勝し、歓喜の中で行われた優勝報告会

▲昭和55年9月28日 福岡武道館で行なわれた「福岡如水館創立5周年記念少年剣道大会」

▲昭和56年8月 全日本錬成大会で2年連続優勝を果たした小学生チームと池田健二先生

▲昭和57年7月 全日本錬成大会において惜しくも鹿児島富隈道場に決勝戦で破れて準優勝に終った中学生チームと池田呑館長と池田健二先生

▲昭和57年8月 玉竜旗剣道大会で全日本錬成大会の無念を果たし初優勝した中学生チーム

▲昭和59年8月、全日本錬成大会で小学生時代同様全国制覇をした如水館史上最強の中学生チームと池田健二先生

▲昭和61年8月 全日本錬成大会で5年ぶり3回目の優勝を達成した小学生チームと池田健二先生、中央は日本剣道連盟・小沢丘会長

▲昭和61年9月 全日本錬成大会の優勝に続き全日本少年剣道優勝大会でも優勝を果たした小学生チームと池田健二先生

▲昭和63年3月16日 享年82歳でご逝去された福岡如水館創立者、先代館長池田呑剣道八段範士

▲在りし日の池田健二館長夫人・真砂子さん

▲在りし日の先代館長・池田呑先生と晴江夫人

▲平成元年7月 高校玉竜旗大会でOBの市川威徳君、池田康二君が活躍し優勝した福岡大付属大濠高校剣道部

▲平成元年8月 玉竜旗大会・中学生の部で2回目の優勝を飾った中学生チーム

▲平成2年 ジュニア剣道大会で九州大会ならびに関東大会で優勝を果たした如水館チームと池田健二館長

▲平成3年8月 玉竜旗大会小学生の部にては2回目 道場としては5年連続8回目の優勝を飾った小学生チーム

▲平成4年3月 水戸大会では2年ぶりの3回目の優勝を果たした小学生チームと池田健二館長

▲平成4年8月 全日本錬成大会に続き大麻旗でも優勝した小学生チーム

▲平成4年7月 全日本錬成大会で小学生の部で大会最多の5回目の優勝した小学生チーム

▲平成5年7月 全日本錬成大会で小学生の部で惜しくも決勝戦で破れ準優勝した小学生チーム

▲平成8年 筑前旗大会で優勝した中学生チーム

▲平成9年7月 少年玉竜旗大会で優勝した小学生チーム

▲平成9年度 男女混合ながら圧倒的強さを誇っていた小学生高学年チーム

▲平成10年4月 桜花大会で優勝した小学生チームと池田健二館長

▲平成11年・12年度に掛けて素晴らしい成績を残した女子中学生チーム

▲平成12年8月 九電記念体育館でおこなわれた「福岡如水館創立25周年記念剣道大会」に参加した如水館剣士

▲平成12年11月 全日本剣道選手権で三位入賞した如水館OBの立花義人君(九州電力)

▲平成13年8月 西日本少年剣道大会で見事優勝した中学生チームと池田健二館長

▲平成15年7月 全日本錬成大会で中学生の部で19年ぶり2回目の優勝した中学生チーム

▲平成16年3月 全国選抜(水戸)大会で11年ぶり5回目の優勝で大会最多優勝回数記録を打立てた小学生チーム

▲平成16年 豊の国きさらぎ大会で見事小中アベック優勝をした如水館チームと池田健二館長