スリランカの宗教
| 目 次 |
|
スリランカと仏教
|
スリランカと仏教
仏教はスリランカ人の約3分の2の人々が信仰する多数派宗教で国教的な存在です。
スリランカの仏教は上座部仏教(小乗仏教)です。
出家して僧侶となった人々は様々な俗世的事柄を断ち切り、
寺での集団生活において修養し、徳高い特別な存在となります。
僧侶には希望すれば家柄に関係なく誰でもなれますがその生活には制約が多く、
妻帯も異性と関係を持つ事も許されておりません。
一方一般の人々は俗世間の生活を続けながらも寺や僧達に奉仕し寄進することによって功徳を積み
輪廻転生のカルマ(業)を改善する事によって来世での幸福に期待します。
そう云う訳ですからスリランカでは僧侶はとても大切にされ、
一種の特権階級のようでもあります。
高僧の乗っている車が通る時には他の車は道を譲りますし、
バスや列車では僧侶には席を譲るのが常識です。
僧侶の前から退出するときには頭を床につけて拝礼しなければなりません。
仏教徒の家庭ならたとえどんなに貧くても、寺への寄進は精一杯行います。
自分達家族はとても食べられないようなご馳走を無理をして僧侶達には振舞ったりします。
満月の日(ポヤ・デイ)など仏教の祝日には特別の大ご馳走を大量に用意して
寺から僧達を招き、振舞う事もよく行われます。
そして仏教徒達はこぞって各地にある寺へ参拝に出かけます。
寺の中の祭壇は人々の捧げる花で埋め尽くされます。
伝承によると仏陀はかつてスリランカを3度訪れたといわれています。
中央山岳地帯に聳える標高2200メートル余りの聖なる山スリー・パータ山頂には
仏陀の足跡だと云われる跡のある岩があり、多くの巡礼者達が険しい山を上って訪れます。
(この足跡、仏教徒にとっては仏陀の足跡なのですが
ヒンドゥー教徒にとってはシヴァ神、キリスト教徒やイスラム教徒にとってはアダムの足跡なのだそうで、
スリーパータは4つの宗教の聖地となっています。)
仏歯寺にはスリランカ仏教界の最大の至宝である”仏歯”が大切に守られていて、
毎日多くの参拝者が訪れます。
仏歯は宝石がちりばめられた7重の箱に収められ、決して寺の外に持ち出される事はありませんが、
ペラヘラという祭にはその入物が華美な衣装をつけた象の背中に乗せられて、
百頭にも上る他の象を従えて街を練り歩きます。
共存する様々な宗教
スリランカでは信教の自由は認められています。
町には仏教寺院もあればカトリック教会もあり、プロテスタント教会もあり、
イスラム教徒のモスクからはコーランが流れてくるといった具合です。
タミール人の多く住む地区にはヒンズー教の大寺院があります。
スリランカの多数派民族であるシンハラ人によって主に信仰されている仏教が
一応国教という事になっているようで、数の上でも仏教徒が圧倒的に多いのですが、
少数派の宗教も迫害されたりといった事はなく、宗教界に限って言えば平和な国です。
仏教徒の多くは仏教に熱心であるだけでなく
ヒンズーの神々や土着の精霊、神々に対する信仰心もあわせ持っていることが多いです。
シンハラ人仏教徒の家に行けば仏陀の像や絵の他に、
異形の神様の絵が飾られていたりする事もあります。
山には神様の祠があったりして、そこにいる神憑りの祭司?様に捧げ物をして
将来のことや現在の悩み、気がかりを占ってもらったりする事もごく普通に行われています。
悪魔払いや呪術、様々な願掛け、星占いも盛んです。
それらに由来した様々な生活上のタブーや習慣もたくさんあります。
スリランカには、現代の日本社会ではとうに失われてしまった、
古からの、時にはおどろおどしくもある精霊や超常のものに対する素朴な信仰が
人々の生活の中に未だ息づいているのです。