Novel
フルーツ・バスケット ペンギンフェスタ2007参加作品


「まま、どこー?」
 その声に、僕は数字が並ぶ画面から目をあげた。
 売上データやら昨対比率とは無縁の、単純でやわらかく、それでいて一筋縄ではいかない問いかけだ。ふりかえると、半分開いたふすまの前にタオルケットをひきずる娘の姿があった。
「おう、あやこ。どれどれ、お熱は下がったかな」
 小さい体を抱き上げて、額に手をあてる。
「うーん。まだ、ある……かな?」
「ままあ」
 むずかる様子からすれば、体温計を探す必要もなさそうだ。そのまま子供部屋へ連れ帰りながら、言って聞かせる。
「ママはな、きょうは会社。かわりにパパがおうちにいるぞ」
「ふうん」
 気のない返事に、僕は少しばかり胸が痛んだ。仕事、仕事で家にいないからよ、という妻の言葉より的確に急所を突いてきた。
「そうだ、ママがおかゆをつくっていってくれたぞ。たべるか?」
 しかし、娘は首をふった。
「いらなーい」
「でも、何か食べないとな。甘いものでも……あ、いや、お菓子はだめだ」
 だが、『お菓子』『甘い』という言葉を子供が聞き逃すはずもない。
「あやこ、おかし食べたい!」
「だめ、だめ。栄養があるものにしないと」
「や。あまいのがいい。あまいのー」
 と、手足をばたつかせた。
「こらっ、落ちるからやめなさい」
「やだっ。あまいの。あまいの。あまいのー!」
 ああ、どうしてこう子供っていうのは諦めないのだ。
 ひとまず元気があるのは良いことと自分に言いきかせ、容赦なくくりだされるパンチをよけた。
 解決の糸口は三つ。本当に菓子をやる。そこそこ甘いもので濁す。あるいは、甘いより魅力的なものを提供する――。
「そうだ、あやこ。果物ならいいぞ」
「くだものー」
 やった! かかった、と僕は踊りだしそうになった。
「そうそう。ママにメールを送って、帰りに買ってきてもらおうな」
 案二と三の折衷案。この期におよんで、結局妻だのみというのも情けないが、仕方ない。あやこはぴたりと泣くのをやめた。
「あのねえ。あやこねえ、りんごがいい!」
「え? りんご……」
「うんっ。ぱぱにもわけてあげる」
 この優しいことばに思わず涙ぐみそうになったが、返事はさしひかえた。次の給料日まではまだ二週間ある。ここで妻の財布のひもがゆるむことはあるだろうか。
「ああ、そうだな」
 僕はつぶやいた。「まあ、志はつねに高く持って、だな……」
 こころあしー、と上機嫌でくりかえす娘をベッドに押し込みながら。僕は携帯電話のメールを送った。

 あやこは咳をしながら、それでも幸福いっぱいの笑みを浮かべて寝ついた。
 りんごを食べる夢でも見ているのか。時おり口を動かす娘を見ながら、僕は子供のころのことを思い出していた。自分が風邪をひいたとき、両親は何をくれたろう。当然、菓子ではなく……。
「すり下ろしたりんごとか、桃の缶詰、だよな」
 思い立って台所の棚を探ってみたが、果物の缶詰はなかった。本当はりんごがあれば一番いいのだが、これはむずかしいだろう。
 そう。りんごは青果屋でもっとも値段のはる果物なのだ。僕が幼い頃はそんなことはなかったのに。
 あの頃、りんごの栽培南限線がどこにあったのかは知らない。しかし、地球温暖化が問題視されはじめてから何十年が過ぎ、今やそれは北海道のさらに北によこたわっている。ありきたりだったりんごは、最近はフルーツ・バスケットの中央を飾る超高級輸入果実だ。
*
 植物には生存可能な北限、南限というものがある。
 湿度や地質、高度という問題もあるから、単純に地図に線をひくわけにはいかないのだが、まあ、あるのだ。これが大きく動いたのが2040年代のことだった。
 気候の専門家に言わせれば、「変動の兆しはそれ以前から、緩やかに、局地的ながらあった」のだそうだ。だが、こんな言葉を聞いて覚えていられる一般人はいない。
 僕の実家はみかん農家だったから、こういう問題にはやや関心が高かったろうとは思う。それでも、ぴんときてはいなかった。
 やがて、スーパーの野菜売り場でこんな声が聞かれるようになる――最近レタスが高くなったよねえ。ああ、そういえば、セロリを見なくなった。
 こうなって初めて、小難しい言葉にも真剣に耳が傾けられるようになった。だが、それでも40年代後半のこと。以来、日常で口にする野菜や果物の常識は大きく変わった。

 りんごは、先にも言ったように高級食材となった。
 青森のある町で見かけたりんごは半分に切られて、しかも桁まちがいではないかと思うような値段がつけられていた。八百屋のおばさんは、この裏は昔はりんご畑だったんだけど、と笑っていた。いまは、夏みかん栽培に移行したそうだ。
 僕の実家を支えていた温州みかんの事情は、これとはまったく異なっていた。
 温暖化の影響で生産量があがり、値段は反比例して暴落した。何せ、本州で実らない場所がないのだ。かつて茨城あたりといわれた北限は、今は津軽海峡を越えつつある。もっとも大きな生産地は千葉県。
 ごろごろとよく実るものだから、安価をたのんで最初はとんでもない商品が開発された。
『みかんおにぎり』、『カツみかん丼』、『フライドみかん』がコンビニの期間限定商品にあらわれる。味が怪しげなのはみえみえなので、経営者側も最初から売り逃げ体勢だ。
 食べ物ならまだいい。石鹸とかボディブラシにもなってるわよ、という妻の言葉は、実家の両親には聞かせられなかった。それでも使いきれない分はバイオ燃料に、という声もあったが、最近はとんと聞かなくなった。コストがかかりすぎて、いくら本体が安くても見合わないのだ。
 冗談のような話もある。
 最近、若者の間では『100年前ライフスタイル』の再現パーティが流行っているらしい。
 会場に時代物のこたつを据え、そこでみかんをむきつつテレビを見たり、「チャンネルを争う」のだそうだ。もちろん、最近の気候では冬でも暖房などいらないのだから、会場にはがんがんに冷房が入れられている。
 このはやりのおかげでオークションにかけられたブランドみかんもあるのだが――「まあ、一年草だな」と親父が笑うように、こういうのは長続きはしないだろう。
 みかん農家もあたらしい道を模索する。
 手っ取り早いのは、もう少し値段が通って応用もきく、グレープフルーツやオレンジへの転換なのだが、古い農家では抵抗も大きい。
(みかんの方が、こう小さくて、可愛らしもん、なあ)
――こういう心情はなかなか捨てられないのだ。
 そうは言っても、背に腹はかえられない。そこで温州みかんは改良をかさねて、少しだけ大きくなった。今は、肉まんくらいのサイズが標準だ。
 叩き売りといえば、かつてはバナナ。今はマンゴーを指すようになった。
 僕が子供の頃には、マンゴーこそが風邪のときだけ買ってもらえる憧れの果物だったのに。あやこはマンゴーを好かない。

 これは、子供のころにやった遊び――まるで『フルーツ・バスケット』のようだ。
 りんごが座る、みかんが座る、バナナが立って、マンゴーが替わる。価値は上がったり下がったり、忙しい――果物には何の故もないことなのに。
*
「まま、かえってきた?」
 細い声に、僕は我にかえった。
 目が覚めたばかりというのに、あやこは期待いっぱいのまなざしでこちらを見上げていた。汗ばむ額を冷たいタオルでふいてやると、気持ち良さそうに身をよじった。しかし、
「ママはまだだな」
 そう答えたとたん、あやこの顔がゆがんだ。
「りんごは?」
 僕はひやりとした。これはあやしい雲行きだ。
「ああ、その……。りんごももう少し、かかるかなあ」
 そのとたん、あやこは目を瞠り、ついで涙があふれだした。
「うわあああああん」
「ああ、泣くな、泣くな」
「まあまー」
 あわてて抱き上げて背中を軽くたたいてやる。すると母親を呼ぶ声は、まう、まう、と揺れた。
「ママももうじき帰ってくるからな」
「うえっ、うええええ」
「泣くな、たのむから」
「まう、まう」
 僕は情けなさに思わず目をつむった。ママ、りんご、と叫ばれて、父親に何ができる?
 ああ、こんな時に親父はどうしていたんだろう。おふくろがりんごをすりおろす間、どうやって――。その時、ふいに思い出した。
「そうだ。あやこ、冷凍みかんがあるぞ」
 ぱっと顔をあげると、あやこもつられて目を瞠った。
「びかん?」
 と、すすり泣きながら言った。
 冬に実家から送られてきた温州みかんの大箱。ご近所に配ってもなお余った分を、冷凍庫に入れてあった。
(風邪の時には、な)
 思いだされる親父の顔。畑仕事で陽にやけて、目尻には笑い皺があった。
(みかんが効くんだ。父ちゃんのみかんが一番だぞ)
 親父がつくった水気たっぷりのやわらかいみかんが、僕は大好きだった。
 僕はぐずる娘を片手に抱えて、台所へ向かう。冷凍庫からとりだしたみかんは、ばかでかかった。思わず苦笑がもれた。
 皮こそやわらかいが、サイズは肉まん。中の果房は餃子ほどもある。こんなみかんは、ひとつ食べれば大人でも満腹してしまうだろう。
 僕はあやこを座らせると、その前にどん、と音をたててみかんを置いた。
 薄い皮をむくと、中の果肉は白く粉をふいたようになっていた。ひとかけを割ってあやこの口にいれてやる。
「つえたーい」
「そりゃ、冷たいさ。冷凍だもの」
 その残りを僕も口にふくむと――それは甘酸っぱいシャーベットのようだった。
「ぱぱ、もういっこ」
「お?」
 機嫌をなおしたあやこはテーブルに身をのりだして、次の果房をつかもうとしていた。
「あやこ、みかん、すきー」
 その笑顔に、僕はあやうく涙がこぼれそうになった。
 ――これが、あやこの冷凍みかんなのだ。
 こんなばかでかい代物は、僕がなつかしむみかんとは違う。それでも、あやこにとっては間違いなく思い出となる味だ。いつか彼女もこうやって子供の口に運んでやるのだろうか。
「冷凍みかんはな、むかあし、パパが子供のときも食べたんだぞ」
「むかし?」
 あやこは興味津々で僕を見上げる。
「きょうりゅうも、いた?」
「…………いや。恐竜はいなかったな」

 変わってしまうことは切ないけれど、甘く残るものもある。
 りんごが立って、みかんが替わる。どうか、このフルーツ・バスケットが小さくならないように。
 一人ぬけ、二人ぬけしていく『イス取りゲーム』のように、姿を見なくなり、二度と食べられない果物などないように。

 僕はこの味を覚えておきたくて、もうひとつ果房を手にとった。


Novel