6年3組物語 第2話

将来の夢

「そういう素質なんて、私にはないです…」
 秋野さくらは体の前で両手を振り、出された話を断ってすぐその場を立ち去ろうとする。
「そんなことはない!君は十年、いや百年に一度現れるか現れないかの逸材だと私は確信してる!
君ならば絶対大成するだろう!この世界を変えられるだけの力が君にはあるんだ!!」
「わ、私、本当にそういうの興味ないし…困るんです」
「興味がないって、君はあの日もしっかり会場に姿を見せてたじゃないか!私の目は節穴じゃないぞ!
いや、君のような娘が歩いていれば節穴であったってわかる!それだけ、君の存在自体魅力があるということだ!
頼む、今すぐ一緒に私と来てくれ!」
「え、いや…あの…えっと……」
 さくらの前に立つ男は、彼女の胸のあたりの高さから大きく見上げつつ熱のこもった誘いを繰り返す。
普段からあまり強い調子で物事を断ることができない上に、ここまで熱心に勧誘を続けられて
さくらはただその場で困惑することしかできなかった。

「ゎ…私、将来のことはもう決めてるんです!!だから…もうかまわないでくださいっ!」
 意を決してそれだけ言うと、さくらは顔を赤らめながらダッシュで男を振り切り帰って行ってしまった。
「あっ、待って…話を聞い……くっ、今日もダメだったか…」
 勧誘を断って逃げてしまったさくらの背中を目で追う男。
そのダッシュ力と凄まじく長い脚で見る見るうちに小さくなっていってしまったさくらの姿を見送りながら、
(やはりな…体つきと力だけじゃない。その身体能力もかなりのものだ。
なおさらあきらめるわけにはいかない…必ず彼女は、我々に引き入れなければ!)

 帰宅後、さくらは通学鞄を下ろすと一つため息をついた。
「はぁ…どうして私にあんな話が来るんだろ、いっつも…あんなこと、私にはできないのに、絶対…」
 さっきの男に勧誘を受けたのはあれが初めてのことではない。
昨年から続くそれは、もう回数を忘れてしまうほどに執拗だった。
「これも、私が大きいからなのかな…好きで大きくなったわけじゃないのに…うーん…」
 小さく独り言を言うと、そのあまりに大きな体を椅子に預けてまたため息をつくさくら。
木製の椅子が、ギシッと大きく音を立てて軋んだ。

「君はあの日もしっかり会場に姿を見せてたじゃないか!」
 さっきの男のセリフが再び耳に蘇る。
そう、あの日確かに自分はあそこに行っていた。でもそれは自分で進んで行ったわけじゃない。
文太が行きたいと言ったから…
それを、よりにもよってあの人に見られていたとは。
それが、自分がああいうものが大好きなんだとあの人に勘違いされたんだ…
(困ったなぁ…私はただ亀井君のためにと思って行っただけだったのに)


 あの日行った場所とは、区内にあるやや大きな規模の体育館。
その日、その場所を会場に行われたのは…某インディ団体のプロレス大会だった。
同級生にして恋人の、亀井文太とデートとして出かけたのだ。
…文太が希望した。人一倍小さくてひ弱な文太はそういうものへの憧れが人一倍強かった。

 さくら自身はプロレスというものに対し、あまり良い印象は抱いていなかった。
いくら自分がプロレスラー顔負けの長身を持つとしても、その中身は普通の女子小学生、
しかも普通以上におとなしい性格で人と争うのを、また人が争う姿を見るのも嫌いな少女である。
それに自分がそういう場所に行くと、自分が試合に出ればいいのにとか言われて
また見ず知らずの人にからかわれ恥ずかしい思いをしなければならないかもしれないという不安もあった。
そしてもう一つ、プロレスといえばあの男のことをつい連想してしまうからだった。
思い起こせばさくらが小学5年生の頃から、その男は関わってきた。
どこかでさくらのことを見かけて以来、彼はしつこくさくらにプロレス界入りを薦め続けてきた。
どうやら彼は、どこかのプロレス団体の関係者らしかった。
さくらの超人級の身長に惹かれたのはもちろんのこと、彼女がふとしたときに見せるナチュラルパワー、
彼女自身が気付いていない肉体の強靭さと身体能力、秘められた怪力にぞっこん惚れ込んでしまったようだ。


 そんな理由もあって、そういう場所に行くこと自体さくらはあまり乗り気でなかったものの、
文太が希望するデートコースとなれば話は別だった。
好きな文太と一緒にいられて、そして何より文太が喜んでくれるなら
さくらにとって場所などこだわりはなかった。

 会場に向かった小学生カップルに対し、やはり周囲から奇異のまなざしが向けられた。
「わっ、何だ?オイ、あれ見ろよ」
「で、でけ〜……」

「あの女って、今日の試合に出る選手ってことはないよな?」
「バカ、もしそうだったらチケット買って入らないだろ」

「あの子、もしかしたら去年週刊誌に出てた『日本一大きい小学生』じゃないか?」
「そうだよきっと、わ〜初めて生で見た。写真撮っちゃお」

「ていうか、今日出場する選手と試しに真剣勝負でもしてみればいいのに。誰も勝てなかったりして」
「ククク、ありえる。しょぼいもんな、この団体のレスラーって」

「一緒にいる小さな子って、弟?」
「そうじゃない?まさか彼氏ってことはないでしょ」
「ちっこいな〜それにしても。踏み潰されないように気をつけてね〜」
「こらっ、かわいそうでしょ!」

 …さくらも文太も、顔を赤らめうつむいてしまった。周りのヒソヒソ話は全て聞こえてしまっている。
周囲の反応も当然であろう。この身長差。
誰がこの2人を同級生だと感じるであろうか。
…ちなみに、チケットを買う際に当然さくらの分は子供料金など通用しなかった。


 秋野さくら、身長206cm。
先日行われた身体測定で計測されたその数値に、大女ぞろいの6年3組女子の間からもどよめきが起こった。
担当した校医も椅子の上に立ってようやく測定できた、その脅威の長身。
去年の二学期にこっそり自分で計った時点の192cmよりも、さらに14cmもの巨大化。
異様と言う他なかった。
(な、何て大きいの…あれだけデカ女って避けられてたあたしがまるでおチビになっちゃったみたい…)
 前の学校で一人飛びぬけていた179cmの横川真奈も、開いた口がふさがらなかった。

 対する亀井文太。
「はいチビガメ、背測るからね。ズルしちゃダメよ〜」
 男子の測定は、先に測定を終了した女子のうち数名が、3クラスからくじで選抜され務めることになった。
誰がそんなルールを決めたのかは知らないが、男子たちにとっては非常に迷惑な話だった。
正確な数値を測定するためにとパンツ1枚にされて整列した男子を、体操服にブルマ姿の女子が上から見下ろして
弾き出された数値を他の女子が記入するスタイル。
そして、3組男子の順番がやってくる。
「○○君、〜cm!」
 女子と比べてはるかに寂しく頼りない数字を女の子の口から読み上げられ、
それを書記係の女の子が繰り返す形で確認する。
特に意地悪な女子にこんなことをされたら、男子たちの屈辱はさらに深いものとなる。

「何もぞもぞしてるの、チビガメ!」
「う…」
「背伸びなんかしちゃダメって言ってるでしょ!」
 パーン!
「いたっ!!」
 保健室内に大きく響いたその音に、測定係として残った女子の多くから笑いが沸き起こる。
気付かれないようにこっそりと踵を浮かせて身長のサバ読みを画策した文太だったが、
測定にあたっている府川里奈(3組)にあっさりと見破られ、測る際に当てるバーを勢いよく下ろされて
頭を叩かれ踵はピッタリと付けられた。
「ほら、背筋はしっかり伸ばす!余計おちびに測られてもいいの!?」
「い、いたたたた…」
「えーっと、チビガメ君はっと…135cm!」
「え?チビガメ君は何cmって?里奈ちゃん」
「ひゃく、さんじゅう、ごせんちで〜す!」
 記録の係になっている樋渡智美(2組)が意地悪く、聞こえなかったふりをしてもう一度その数値を言わせる。
それに応え、里奈はますます大きな声でゆっくりと文太の小さな数字を復唱する。
バーで頭を押さえつけられながら、ブリーフ一枚の文太は真っ赤になって唇を噛み締めた。

「あ、あれあれ〜?どうしちゃったのかな亀井文太君?去年は137cmって書いてあるのにね〜」
 大げさに不思議そうな口調でたずねる智美の言葉に、文太は小さな体をますます縮める。
「縮んじゃったってわけでもないだろうし…去年、ズルしてたでしょ」
「正直に答えなさいよ!インチキおチビ!」
 里奈が隣から、文太を見下ろしつつ頬を大きくつねり上げてきた。
「い、いだいいだいひぃぃぃ!!」
「どうなの!騙してたの!?違うの!?言ってごらん!!」
「ご、ごめんなざぃ……せのび…じでまじだ……ぃぎぃぃぃぃ」
 公立小学校では珍しい実験的な試みで、3年生から今年一気に6年生に飛び級した里奈の拷問に合えなく屈し、
文太は昨年の身体測定で不正を働き137cmという数値を出していたことを供述した。

「フン、悪いことは必ず明るみに出るように世の中はなってるんだから…
いい?これからはこんなせこい真似は絶対しちゃだめ!もししたら、こんなおしおきじゃ済まないんだから!
わかった?他の男子たちもよ!」
 本来ならまだ4年生であるはずの里奈に怒鳴りつけられ、
その場にいる測定待ち、済みの男子一同はパンツ一丁でただただ縮こまっていた。
2歳も下とはいえ里奈の身長はもう既に169cm。3組で最も背の高い男子でも15cmの差をつけられている。
文太に至ってはまだ10歳にもなっていない里奈に32cmもの大差を付けられ、彼女にまでチビガメ呼ばわりされる始末。
加えて言えば里奈の誕生日は3月30日。
あと数日生まれるのが遅ければ今ごろはまだ3年生かもしれない幼い里奈に見下ろされ何も言い返せない弱虫男子たち。
そんな彼らを、その場に立ち会っていた同い年の女の子たちは一様に冷ややかな視線を送っていた…


 …そんな2人が、一緒に歩いている。
135cmの男の子と、206cmの女の子の同級生カップルが。
身長差、71cm。…実は、こうして横に並んで歩くこともとても難しいことなのである。
さくらは自分のおへそ程度の高さにある文太に気を遣って精一杯歩幅を小さくして付き合い、
文太はほとんど競歩のペースで息を切らせながらついていく。
今日のさくらの服装は、一番のお気に入りの、デニムのミニスカートと、黒いオーバーニーソックス。
好きな文太に見てほしいという乙女心が、やはりあったのだ。しかし…
「うわぁあの娘、でっかいだけあって脚なっがーい。特注よね絶対、あの靴下」
「隣にいるちっちゃい男の子なら、肩まですっぽり入っちゃうよ、きっと」
「しっ、笑っちゃダメ、聞こえたらどうすんの」
 聞こえてる。しっかり。
またさくらは、憂鬱な気分になってしまった。

 試合が始まった。
席についていれば、少なくとも立っているよりは自分の身長は目立たなくてすむ。
さくらは少しずつ、落ち着きを取り戻しつつあった。
文太のほうを見ると、すっかりリングの中に集中し興奮した面持ちだ。
規模の小さな団体の興行であり、いわゆるメジャー団体の試合に比べればレスラーや試合の質は
お世辞にも高いとはいえない代物であったが、
滅多にそういうイベントの来ない街で行われる貴重な大会であるし、当然見る目が肥えているはずもない文太は
熱くなって大喜びで観戦していた。
普段はいじめられて泣き顔ばかり見せている文太の、久しぶりに見せたそんな明るい様子を目にして
さくらは彼のことがますますかわいくていとおしい存在に見えた。
(ふふ、来てよかったな。亀井君、こんなに楽しそうにしてくれてる)
 最初はこういう場に足を踏み入れることにはどうしても抵抗を覚えたさくらだったが、
文太の顔を見ているうちにそんな思いはどこかに吹き飛んだ。

 ふと、リング周辺が騒然とした雰囲気に包まれる。
試合が荒れ、場外乱闘にもつれ込んだのだった。
「危険です、お気をつけください!!」
 リングアナの注意を促すアナウンス、そして危険を察知しその場所を空けるリングサイドの観客たち。
ハンマースローで投げ飛ばされた選手が、客が逃げて無人となった椅子をなぎ倒しながら倒れこむ。
椅子を折り畳んで殴りつけ、ゴングやマイクのコードなども使った凶器攻撃。
お約束とも言える展開に、それらも含めて楽しみに来ているプロレスファンたちは大喜びで見ている。
今までこんな試合をまともに見たことのないさくらは、そんな光景を遠目で見ながら恐怖を感じていた。
206cmの大女も、内面は普通の女の子以上におとなしい小学生だ。
「た、大変、亀井君!こっちに来るよ、安全なところに避難しなきゃ」
 自分のことよりひ弱で怖がりの文太を優先して逃がしてあげるつもりのさくらであったが、
その乱闘の波がこの場にまで押し寄せるのが予想以上に早かった。

「下がれ!危ないぞ!」
 場外乱闘のあおりを観客が食わないよう、暴れるレスラーの周囲は付き人である若手レスラー数名が防護している。
その若手たちが作る壁が、もうさくらたちのすぐそばまでやってきていた。
慌てて逃げようとする文太であったが、半ばパニック状態になっていたためか靴が片方脱げてしまい、
よたよたとつんのめりながら転んでしまった。
「あ、危ない、亀井君!!」
 ガバッ!
 ドンッッ!!
「うわあああああっ…が!!」
 ガッシャ〜ン………

 会場中が、あっけに取られて静まり返った。
乱闘用の『壁』を務めていた若手レスラーの1人が、さっきいた場所から数mの地点でひっくり返っている。
ピクピクと痙攣しているだけで、仲間が体を叩いても応答がない。
「や、やばい!!運ぶぞ!!」
 ジャージ姿の若手や練習生が急いで集まり、失神しているその若い男に肩を貸しながら控え室に消えていった。

 その『事件』の当事者の一人だったさくらは、恥ずかしさのあまり文太を抱きかかえたままその場を逃げ去っていた。
走って飛び出した体育館の外で一息つきながら、真っ赤になってその場にしゃがみこんでしまうさくら。
「あ、秋野さん…?」
「いやっ!!私…恥ずかしい……」
 思い出したくないさっきの情景が、いやでも頭の中を何度も何度も駆け巡る。

 逃げようとして転倒した文太を守ろうと、さくらは文太とレスラー集団の間に一瞬割り込んだ。
そして、倒れている文太を抱き上げようと身を屈めた瞬間…
自分のお尻にドンッという衝撃があったのを感じた。
その直後に、誰かは知らないが男の悲鳴が聞こえて、それから何かが壁みたいなものにぶつかる音…
ふと観衆の騒ぎが小さくなったのを感じて振り返ったら、ジャージを着た丸刈りの男が離れた場所で昏倒していた…
さくらにはすぐにわかった。
屈んだ瞬間自らのヒップが後ろに突き出される格好となり、ちょうどその真後ろにいた若手レスラーを
全く意識しないまま尻相撲の要領で吹っ飛ばしてしまったのだということを。
本来なら、ぶつかった時点で謝るつもりだった。
でも、まさかあんな遠くまで飛んでいってしまうなんて。
そればかりか、その先にあった鉄柵に頭から突っ込んで気絶されるなんて。
その場にいた選手や練習生たちは最も大きい男で180cm前後。
あまりいい人材の集まっていない二流団体の男たちでは、206cmの天を突くようなさくらの長身には及ぶべくもなかった。
目を点にして、動きを止めたレスラーたちとさくらの体に交互に目をやる観客たち。
第一条件とも言える見た目の迫力において、素人の女の子に圧倒的な大敗を喫している男子レスラー一同。
「ぷっ」と、客の中から誰かが吹き出した。
はっと我に返ったさくらは、もういても立ってもいられず逃げ出してしまっていたのだった。

「ご、ごめんね、亀井君…」
「ぇ、いや、あの…」
 それからは文太とも妙に調子が狂ってしまい、そのまま2人は別々に帰ってしまった。
試合が結局その後どうなったのかは、知らない。

(はぁ〜……私って、なんでいつもこうなのかな…)
 さくらは家路の途中、何度ため息をついたか知れなかった。
(どうして私はこんなに大きくて、しかも余計なところであんなに力が出ちゃうんだろう)
 さくらの苦悩はとてつもなく大きなものになっていた。
1人では見に行くことすらまずない、自分には縁のないものと信じていたプロレスの会場で、
さくらの長身はただそこにいるだけで本職のレスラーのお株を奪うほど周囲の人間を圧倒し、
おまけに不可抗力とはいえ彼らのうち1人を突き飛ばして伸ばしてしまったのだから。

 このあまりに大きい体を、さくらは一度もいいと感じたことはなかった。
別に悪いことなんかした覚えはないのに怖がられたり、遠くからジロジロ見られたり。
(おまけにあんな人とかに、変な誘いばっかり受けるし…)
 あの男による、プロレスの話ばかりではなかった。
今年に入ったあたりから、バレーやバスケットの関係者までがスカウトに現れるようになった。
やれ実業団クラスを超えてるとか、世界に通じる高さだとか。
それらもやはり、さくらの大きさに惹かれてやってきたのは間違いなかった。
しかしそういう勧誘が熱を帯びれば帯びるほど、さくら本人の心は沈んでいくのだった。
…大きいから誘われている、という事実自体がさくらには気に入ることができなかったのだ。
あの人たちはなんだかんだ言いながら、この私を見世物にするつもりなんじゃないかとつい思ってしまう。
小さい頃から、いや幼い頃から大きかったさくらは行く先々でその巨体を珍しがられた。
同級生の両親からも見上げられ、凄いね、本当に小学生?そんな言葉ばかり投げかけられた。
誰にもまず好奇の目で見られる生活を送ってきたさくらが、そんな疑心暗鬼に陥るのは当然だった。
(あぁ、できるんならちっちゃくなりたいな。そうすれば家のドアだっていちいち屈まなくて通れて便利だし、
電車とかバスで小学生の料金でちゃんと使えるし、変なところに誘われなくても済むし、
それに何より、亀井君とももっと堂々と仲良くできるんだ…いいなぁ、背の低い子って…)

 それにさくらには、もう将来なりたいものが定まっている。
小学校3年生の夏休みに、読書感想文を書くために読んだあの本が、忘れられない。
(私…本で読んだあの人みたいな、立派な看護婦になりたい!)
 読んだのは、ナイチンゲールの伝記だった。
19世紀のヨーロッパで起こった戦争時、自らの身を犠牲にして傷ついた兵士たちの治療にあたった偉大な女性。
『白衣の天使』の語源となった彼女の物語を読んださくらはいたく感動し、将来の道は看護婦しかないと心に決めた。
…そのためにはいかなる努力もする決意のさくらだったが、やはり不安は拭い去れない。
(私みたいに大きくても…看護婦の試験受かるのかな?大丈夫…よ、ね?)

 時を同じくして、担任の沼田は職員室で今日集めた作文に目を通していた。
題材は、『将来の希望』である。
(秋野さんは……か、看護婦!?)
 沼田の目は、早くも止まってしまっていた。
脳裏には、成長を遂げさらに巨大さを増した、210cm超の白衣の天使となって
入院中の自分を空のような高さから見下ろし優しく体温計を咥えさせてくれるさくらの姿が一瞬よぎり、
得体の知れないむずむずとした感覚に胸と股間を貫かれながら、沼田は原稿用紙を持ったまま妙な妄想に悶えた。

 そして沼田は思い出したように、机の中に保管しておいた数日前のスポーツ新聞を読み返す。
格闘技を扱うページの隅のほうに、小さく記事が載っている。

<超ジャンボ少女乱入、現役レスラーKO!>
「〜日に行われた□□プロレスリングの試合中、客席での乱闘の際整理にあたっていた若手の○○選手が、
その場に居合わせた観客の女の子と衝突、失神して担架で運ばれるという『失態』を演じた。
なお、相手の少女については無傷で、そのまま立ち去った模様。
(中略)
彼女は2mを超える巨体で、突如としてヒップアタックを繰り出し○○を一突きで軽々撥ね飛ばした後、
足早に立ち去ったと目撃者の証言が得られている。
これは□□プロに対する素人からの突然の挑戦状ではないかと見る向きもある。
○○選手はまだキャリアの浅い新人だったとはいえ、仮にもプロの男子レスラーであり、
□□プロにしてはまさに赤っ恥とも言える興行であったことは間違いない。
目撃者によるとこの謎のヒップアタック少女は、以前某写真週刊誌で取り上げられ話題となった
『日本一大きい小学生』(11)である可能性が高いとして(後略)」

 これを、さくら本人に確認していいのかどうか沼田は悩みながら、この新聞だけ引き出しにしまっておいたのだ。
今度は彼の脳裏に、水着にリングシューズをまとった超長身女子プロレスラーとして
はるか下の男を覗き込むようにして捻り潰し、虫の息の男にお尻の下で3カウントを聞かせるさくらの勇姿が浮かんで
沼田は先程にも勝る胸騒ぎに襲われぞくぞくと震えた。
(はぁ、はぁっ…一体、何なんだあの娘は…)


つづく