6年3組物語

転落

 数分間に渡るリンチが終了した。
「ったく、てめーみてーなのが去年まで大物扱いされてたっつんだからよ…」
「ナメてんじゃねえぞ、バカ」
「さっさと金持ってこい、殺すぞ」
 暴行を加えた先輩の男たちは口々に1人の被害者を罵り、そのボロボロの顔、体に唾を吐きかけた。

 男たちがその場を立ち去った後、1人その場で惨めに横たわりながら、M中学校1年生の梶井勝は泣いた。
…こんなはずではなかった。
本来なら今頃、勝は中学校内でもかなり幅を利かせていられるはずだったのに。


 小学校高学年に入る頃から不良の道を歩み始めた、勝。
恵まれた体格と喧嘩の強さでみるみる頭角を現し、同級生、下級生からは恐れられ、
その地域における不良界の上の世代からも一目置かれる存在となっていった。
5年生の時点で、弱そうなタイプなら中高生相手にも強盗、傷害を繰り返すようになり
6年生の4月にはもう、M小学校周辺で勝に噛み付ける同年代の人間は存在しなくなっていた。
柄の悪いことで知られるM校区を支配したことで勝の知名度は良くも悪くも広まり、
勝は地元の不良少年グループに、小学校を卒業次第幹部クラスの待遇で迎えられる約束までもらっていた。
そのグループはこの町どころか、区内一帯に影響力を及ぼす大規模な非行少年の集まりであり、
しかもそこにただの兵隊としてではなく幹部候補として誘われたのだから、最大級の勲章といえた。
そんな勝に同校の不良小学生たちは恐れをなし、彼に取り入りペコペコすることで被害を免れるようになっていった。
同学年、または下級生の悪ガキどもは勝の意に従って同級生からのカツアゲや町内での窃盗で金を作り、渡し始めた。
治安の悪いM校区で、勝は小学生の世界での、悪のピラミッドの頂点に君臨したのだった。

 だがそんな勝の成り上がり伝説は意外に早い段階で崩壊のときを迎えた。
迂闊に手を出してしまった、他校に通う児童に、敗北を喫したのがきっかけだった。
しかもその相手が…当時5年生の女子児童たった1人だったことが(5年3組物語第5話参照)。
全く手こずらせることもできず、まるで遊ぶようにじわじわと弱らせられながらの一方的な完敗。
屈辱に屈辱を幾重にも塗り重ねられていくような哀れな負けぶりは、勝の心を今でも強烈なトラウマとして苦しめ続けている。
幸い相手の森下由奈が強さを鼻にかけたりその話を吹聴して回ったりするタイプではなかったため
その敗北が周りに漏れる心配もなく、自分の威厳も損なわれることはないだろう…と
勝は無念さを胸中に押し込みつつひとまずは安心していたのだが……
2〜3週間が経過したあたりでその事実はM校区周辺の小中学生なら知らぬ者のない珍事件として蔓延したのであった!
勝は焦った。にわかに周囲の自分を見る目が一変したことに。
彼を打ち砕いた由奈が自分で口外したのではない。
彼女に助けられた、彼女の同級生の男子児童2人がその嬉しさのあまりあちこちでしゃべって回ったのが原因だった。
学校でしゃべり、塾で伝わり、街で広まり…
しかも子供たちの間で伝え回される話には尾ひれが付いていき、最終的にはこういう噂に変形していた。
『この学校でトップを気取っている梶井勝は、隣のY小学校の5年生・森下由奈さんに全然通用せず
ボコボコにされて小便を漏らし、最後は自分で裸になって泣きながら土下座した』

 ここまで行ってしまうと、勝の力を持ってしても沈静化のしようがなかった。
そんな情けないレッテルが貼られた男についていこうという子分が今さらいるはずもなく、
あれだけ自分から卑屈に取り入ってきた悪ガキたちは嘘のように勝の足元から消え去っていた。
そして彼を見る、周りの児童たちの目にはもはや彼に対する軽蔑こそあれ、恐れの念などほとんど見当たらなかった。
確かに喧嘩は強いのかもしれないが、下級生の女子に負けてさらにその仕返しにも行こうとしない、
それに負けたことを自ら明かしたならまだしも他人にばらされるまで黙っていた最低級の格好悪い男だと見る目。
その侮蔑の眼差しに耐えかね、勝は半ばヤケクソで周囲の児童たちに暴力を振るった。
一度負けたからといってなぜ弱いことに違いのないお前らにバカにされなければならないのかと。
悪の道を進む男としての誇りを保つために変な目で見る奴は根絶やしにしようとの彼の思いであったものの、
そんな行為に走ったところでそれは恥の上塗り以外の何にもならなかった。
あの強い女の子には怖くてかかっていけないから弱いものいじめしかできなくてやってることなんだとしか
周りには見られなかったからだ。
陰口を叩く子供たちに拳を振り下ろせば振り下ろすほど不良としての評判は地に堕ちていく。

 そして、彼にとってのさらなる苦難は中学校入学後に訪れた。
もしあのまま順調に不良道を進んでいられたなら、今頃は1年生でありながら地元のチームの中心人物として
中学内でも肩で風を切って歩ける大きなステータスを得られるはずだった。
しかし…やはりあの敗北はM中学校に通う悪い先輩たちにもしっかり伝わっていた。
女1人に泣かされ土下座、しかもその後復讐にも出向かず泣き寝入りした恥さらし、それが入学してきた勝への評だった。
当然、あのチームに好条件で入れてもらえる話も立ち消え。
強い男としての面子を重んじる少年グループに、そんな惨めなエピソードを抱えた男など邪魔なゴミでしかないと。
一兵隊からやり直すつもりでそれでも入る覚悟があるなら、入会金として10万円持って来いと
そのチームの構成員である上級生からは言われた。
まさに天国から地獄。かつて顎で使っていた同級生たちからは蔑まれ、
上級生たちからは連日、冒頭のような集団リンチでボコボコにされる。
勝はこの地獄から脱するためには、やはり無理をしてでもあのチームに所属してハクをつけることしかないと考えた。
とりあえずあの上級生の言うとおり…10万円を集めねばと動き始めた。
しかし…


「も、もういっぺん言ってみろ!!」
 金をかき集めるため、勝はこの日Y校区にまで足を伸ばしていた。
去年までM小学校にいて下級生だった現在のY小学校6年3組・江崎和則のもとへたかりに行ったのだ。
和則も、かつて勝が痛めつけたことのある下級生の1人。脅せば少しは足しになるだろうと踏んだのだったが…
「だから言ってるじゃないスか。あんたに払える金なんてないんスよ」
「て、てめ〜!!」
「俺らも和則に賛成ですよ。去年までは大きな顔してたみたいだけど、別に今はあんたなんて…」
「あんたに納める価値があるとは思えないんスよね」
 和則と一緒にいる同級生・長村仁、新島伸樹も口々にそう答えた。
もはや勝の名は、彼ら下級生にも通用しなくなっていた。

「てめーら、俺の命令が聞けねーのか!あー!?」
「命令?なんで俺らがあんたの命令なんかに従わなきゃいけないんスか」
「な…なんだその態度は!偉そうな口ききやがって!!」
「あんたが他の誰よりも強いっていうなら言うことも聞くけど…実際あんた、ザコじゃないっスか」
「なんだと!?」
「あの話、知ってますよ梶井君。去年、うちの学校の女子にボロ負けしたらしいスね」
「くっ…!」
「泣いて謝ったって話じゃないスか。そんなみっともない人に金渡すなんてダサいことやってられないスよ」
 今にも掴みかからん勢いの勝に、和則を筆頭とした3人組は冷たく言い続ける。
彼らは自分たちも先日、同級生の小野美由紀に全員そろってボコボコにされ泣かされたが、それは黙っていた。

「で、当然仕返しはするんスよね?あれだけM小仕切ってた人だから、やられたまんまでいるわけないスよね」
「ふ、ふざけんなこのガキ!!俺より弱ぇくせにバカにしやがって!!」
 勝の怒りはいよいよ高まり、和則の胸倉を掴んでもう片方の拳を振り上げた。
「殴るんスか?」
「…何?」
 さすがに少し怯えで目を細めながらも、和則はまだ勝を蔑んだように見つめながら言った。
「自分より弱い相手だとわかってると、随分強気に出るんスね」
「その態度が、なんであの女相手に出せないんですか?」
 仁も伸樹も、その様子を見ながら勝に冷淡な言葉を浴びせる。
彼らはもし1人だったらさすがに怖くて勝にこんな挑発的な言動はできないだろう。
しかし、集団であることが彼らの気持ちを後押ししていた。

「俺の兄貴は、あんたが入れてもらえなかったチームの幹部なんスけど…」
 仁が切り出した。決してハッタリではなく、実際に仁の兄はあの少年グループの上層部にいる17歳だ。
「だからあんたみたいな半端者に媚びなくたっていいんスよ。
つーか、そうじゃなくてもあんたみたいなションベン漏らしには金出すつもりなんかないスけどね」
「あんだけ偉そうにしてて、女に負けて逃げてる奴が何しに来たんですかぁ?」
 勝をなじる少年たちの口ぶりはさらに悪乗りを加速させていく。

「てめーら調子に乗りやがって!!そういう口は俺に勝ってから言え!!」
「だから、俺らがあんたより強い弱いの問題じゃないんスよ…俺らから金が欲しかったら、
あんたが去年負けた女にきちっとリベンジして、本当に強いってのを証明してからにしてくださいよ」
「うっ…!」
「そしたら俺らも考えますよ。それに、あんたが去年やられた森下っていう女、俺らのクラスなんスけど…
家の場所も知ってるし、呼ぼうと思えば呼び出せますけどどうします?
今ここで、梶井君の強えーとこ見せてくれるのが一番いいんスけどね」
「そ、それは……」
 本当に格好をつけるなら今その通り呼び出させ、しっかり雪辱を果たすのが最良なのだろうが、
勝は昨年、その森下由奈とは二度と関わりたくないと思わされるほど実力の差と恐怖を植えつけられた。
それほどの、惨敗だったのだ。途中から彼女に指一本で扱われ、体力を根こそぎ奪われた上で失神させられたのだから。
彼女に嘲られながら何度も何度も宙を舞わされ、泥まみれにされた悪夢がフラッシュバックする。
その名前を聞いた瞬間、毛穴が開き変な汗が浮かんできた。
「見ろよ、返事に詰まってる。こいつマジでヘタレだぜ」
「ちょっと名前出しただけでここまでビビるか?普通」
 思い出したくなかった光景に目を泳がせ冷や汗を浮かべた勝を見ながら、和則ら3人は失笑している。
一度は喧嘩の世界で同年代の頂点を極めた男にとって、耐え難い生き恥。

「うるせえ!!うるせえんだよこのガキどもが!!こうなりゃ嫌でも出さなきゃいけねーようにしてやらぁ!!」
 ヤケになった勝は彼らを実力で黙らせようと、和則に改めて掴みかかり首を絞めにかかった。
それを受けて仁と伸樹が慌てて引き剥がそうとする。
「あんたたち、そこで何やってんの!」
 その場を見下ろす土手の上から、彼らと年が同じ程度の女の子の声が聞こえた。
「あ?誰だ」
「あっ、お前は確か…」
 怒りの表情のまま振り返った勝と、その声の主を見て驚きの反応を示した3人組。
そこに立っていたのは和則たちと同級生・6年3組の河野佳織だった。
偶然そこを通りかかった佳織が見たのは、同級生の男子3人が大柄な男に絡まれている様子だった。
和則の胸倉を掴んでいるのは、襟足の長い茶髪にスウェットの上下、身長170cm強で体格もいい
実年齢よりやや老け顔の男だったため、
勝を初めて見た佳織にしてみれば、和則たちが人相の悪い高校生かそれ以上の男に恐喝されているようにしか見えなかった。

「誰かは知らないけどいい年して小学生相手に…恥ずかしくないんですか?」
 歩いて土手を下りながら、佳織はこちらに近寄ってくる。
「なんだてめーは!関係ねー奴は帰れ!」
 邪魔が入ったと鬱陶しげな顔で、勝はその見知らぬ少女に怒鳴りつけ追い返そうとする。
「お、お前何しに来たんだよ!危ねーぞ!」
 勝に掴まれたままの和則も、場違いな同級生女子の登場に戸惑い、すぐに消えるよう忠告した。
「放っておけるわけないでしょ、こんなこと…あたし、こういう卑怯なやり方は許せないの」
 男たちの言葉に耳も貸さず、佳織は歩み寄ってくる。
「いや、許せないって…お前が来たからどうだっていうんだよ!怪我するぞ!」
 世間では不良で通っているはずの和則、仁、伸樹だったが、この展開にはさすがに彼女の身を案じずにいられなかった。
佳織は6年3組の女子の中で最も小柄な女子児童。それでも彼らよりは3〜5cm高いが…
勝を全く寄せ付けず打ち負かした由奈、自分たちを3人まとめて叩きのめした美由紀とは違い、
こんな女子がこんな場に現れて何ができるというのか…もし間違えば勝に大怪我を負わされかねない。

「へー、心配してくれてるんだ…普段は悪ぶってるみたいだけど、少し見直しちゃった。
でも安心して。なんだったらもう帰ってもいいよ」
 同級生の男たちの危惧をよそに、佳織は動じることもなく勝の前に立つ。
「お、おい…こいつはお前の考えてるような…」
 今は評判を落としているとはいえ、勝はかつて暴力であのM小学校をしめた男。
思わずやめさせようとする仁を、突然伸樹が制した。
「待て!…やらせよう」
「な、何言ってんだよ!河野が勝てる相手じゃ…」
「いや、俺の知ってる情報が正しければ、多分…」

「お金が欲しかったら、自分で働きなさいよ!小学生相手にカツアゲなんて恥を知りなさい」
「何だこのチビ!女だからって…」
 問答無用で女相手にも拳を振るった勝だったが、その拳が空を切ったことを確認できる前に、
勝の体は大きな扇を描くように宙を舞い、背中で土の地面を大きく鳴らしていた。
「がっ……ぐぉ……!!」
「女だからって、なぁに?」
 半端ではない切れ味の、背負い投げだった。このスピードで投げ飛ばされれば、比較的柔らかい土でも威力は相当のものだ。
勝は衝撃で息を詰まらせ、いまだ呼吸を取り戻せていない。
その明らかに只者ではない体捌きに、3人の同級生は息を飲んだ。
「こ、こいつは…!」
「やっぱりそうだ、河野の奴、柔道の…!」
 伸樹が以前、誰かから聞いた情報。河野佳織は、柔道の黒帯取得者であるという話。
加えて、県内で行われた大会の軽量級部門でも、上位に食い込んだとのこと。
「こりゃ…心配しなきゃいけねーのは、梶井君のほうかもな」

「おらああ!!」
 頭に血の上った勝は、いまだ呼吸困難を回復しきれないまま佳織に蹴りを放っていく。
だがその蹴り足も脇の下にスッとかわされ、逆に佳織に軸足を鋭く刈り取られる。
 ドッ!!
 今度は背中ばかりでなく、後頭部もしたたかに打ち付けた。
二重三重に乱れた視界がようやく回復し、その先には仁王立ちしている佳織がいた。
「ここがもしコンクリートの地面だったら、あんた今頃死んでるわ」
「ぐっ、このっ…女のくせに!!」
 起き上がった勝は佳織に猛ダッシュをかけた…自分ではそのつもりだったものの、足元がおぼつかずスピードも欠けている。
柔道有段者の投げ技を2連発で喰らい、しかも素人ゆえに受身も満足に取れなかった勝の負ったダメージは
自分の思っていたよりもはるかに重いものだった。
格闘技の世界でもまれている相手にそんな半端な勢いでぶつかっていくなど、やっつけてくださいと言っているようなものだ。
案の定、勝の重い体は佳織の腰に乗せられて円を描き、またも背中で土をドンと叩いた。
「がはっ!!…ぁ……」
 170cm強、75kgオーバーの勝が面白いように飛び、地面に打ち付け伸ばされる。
パワーアップのため普段から、自分のエントリーする階級よりも重い選手を練習相手に選ぶ佳織にとって、
この程度の相手は容易も容易、ディフェンスが甘い分投げ技の練習台としても役不足であるようだ。
和則、仁はあの勝がこれだけ一方的に投げ転がされ続ける様子に開いた口がふさがらなかった。
ただ、小さくて弱い女子だとしか思っていなかった佳織が…M小の元ガキ大将をコテンパンにしていく…
まだ、3組には恐ろしい女がいた…自分たちはなんというクラスに籍を置いてしまったのかと背筋が冷え切った。

「もう一度聞くわ。女だからって、何?」
 既に6発の投げ技をもらって足腰を立たせるのがやっとの勝に、佳織はわざと嫌味っぽく問いかける。
「手加減しない、とか言いたいの?あたしこそもう少し、手加減してあげればよかったかな」
 ワンサイドでたっぷりと痛めつけておきながら、さらには精神面からも責め上げてくる佳織。
女だから、他に比べて小さいから、そういう先入観だけで判断して態度を変えてくる相手には、佳織は容赦をしない。
咳き込んでガクガクと震えながらようやく立っている勝。しかしその泥にまみれたスウェットのズボンのポケットに
突然手を入れて中で何かを握り締めたのを、伸樹は見た。
危ない!と伸樹が声を発しようとしたその瞬間、佳織は勝の前から姿を消していた。

 ガシッ!
「ぁっ…ががが!!」
 勝がポケットから何かを取り出そうとしたそのときには、佳織は勝の背後に回りこんでおり
見た目には細いが筋肉がぎっしりと内包されて硬く逞しい腕が、勝の首に素早く巻きついていた。
裸絞めが、素人目にもわかるほどガッチリと決まった。勝の脂ぎった首を、佳織の力こぶが隙間なく圧迫する。
ますます勝の顔には脂汗が噴き出し、顔色も一変する。
「あがっ…が…ぐぇ……!!」
 勝の膝がガクンとくずおれ、ポケットから出た右手から、折り畳まれたままのバタフライナイフがこぼれ落ちた。
「ふん、結局はこんなものに頼るつもりだったの。所詮は小学生相手に強盗みたいな真似するクズだもんね。
なら、やっぱり甘い顔なんてするわけにはいかないわ」
 ギュッ!!
 佳織が腕にひときわ力を込めた瞬間、全ては終了した。
抵抗らしい抵抗の動作を見せる余裕も与えられないまま、一気に絞め落とされた勝。
泥だらけのスウェットの股間をビタビタに濡れそぼらせ、地面にアンモニア臭を放つ暖かい水溜りを作りながら。
裸絞めの体勢に入ってから、10秒も経過しないうちでの出来事だった。
戦いが始まってからと考えても、1分少々しかかかっていない。
強すぎる…それをただ見届けるしかできなかった3人の少年たちは、言葉も出せずに立ち尽くすのみ。

「汚いチンピラは退治してあげたわ。これで安心でしょ?
でも、あんたたちも下級生とか相手にこいつみたいなセコい真似、これからは絶対しちゃだめよ。
じゃないと…こいつみたいにお漏らししたまんまその場でおネンネしてもらうから。じゃね」
 あの極悪喧嘩小僧・勝に何もさせないままわずか1分前後で黙らせて失神&失禁に追い込んでおきながら、
佳織は何事もなかったようにそれだけ言うと、棒立ちの彼らの肩をポンと叩いてから土手を上がって帰宅の途についた。
和則・仁・伸樹の3人はその後も数分間、その場を動けなかった。
転がったナイフを傍らに、小便を垂れ流しながら白目を剥いて横たわっている真っ茶色の勝の姿に、
もし彼女を怒らせた際にそうなるであろう自分自身の姿を投影して。


 今の地獄から脱出してかつての威光を取り戻すどころか、1年前の悪夢を超える悲劇に身を晒され
関係のない別の女に、またもや一方的に負かされるという屈辱の連鎖に溺れていった、勝。
偶然この場を通りかかり、この喧嘩の一部始終を見たある中学生を発信源にその敗北は瞬く間に地域一帯に広まり、
勝の転がり落ちる坂道は、ますますその勾配を急にしていくのであった…


 つづく