6年3組物語 第22話

再起のために

「古賀!てめえはこの程度の買い物に何分かけりゃ気が済むんだよ」
「つくづく使えねー奴だな。オラ、そこの掃除はどうした」
「雑魚なだけじゃなくて小さな仕事もまともにやれねえんだな」
 複数の男たちから行き過ぎた罵詈雑言を受け続ける、古賀と呼ばれたこの青年。
彼は、この東海道プロレスにてデビューした新人レスラーだ。
地方の小規模団体所属レスラーとしては十分大柄な実測180cmの体もあり、
団体からも大きな期待をかけられていた彼は、満を持してデビューし、大暴れする…
……はずだった。

 それが、今年の春にあったあの事件ですべて狂わされた。
某市立体育館で行われた同団体興業のメインイベントの最中。
試合時間10分過ぎに始まった場外乱闘で、新人の仕事として場内整理を任されていた彼は
観客に危害が及ばないよう選手とレスラー間の壁となり、客を下がらせつつ状況を見守っていた。
そして、一部の観客が逃げ遅れたそのとき…
彼は後ろからとてつもない圧力で尻を押され吹き飛び、
受け身を取り損なってコンクリート製の床に頭部を打ちつけ、そのまま気絶したのだった。
翌日のスポーツ新聞の片隅に載った記事でようやく彼は己の身に降りかかった事態の全容を把握する。
会場を訪れていたプロレスラー顔負けの長身を持つ女性客に尻相撲の要領で突き飛ばされたということを。
しかもそれは昨年頃から一部週刊誌などで話題になっていた「日本一背の高い小学生」だったことを。

 デビュー間もないとはいえ現役男子プロレスラーが女子小学生に負けた格好の珍事件は
その日の少ない観客やプロレスマスコミなどから一気に広まり、古賀のみならず東海道プロレス全体が物笑いの種となった。
事態を重く見た団体は古賀のデビューを取り消し無期限で練習生に戻らせることで
とりあえずほとぼりが冷めるまでの対策としたのだ。

 こうなってからの古賀のレスラー生活は地獄だった。
団体内で鼻つまみものになった練習生への扱いはほとんど人間相手のものではなくなっていた。
ただでさえ上下関係にうるさく、時に理不尽なしごきがあるこの業界なのに。
雑用はこなし方の如何に関わらず常に罵声を浴びせられ、道場ではスパーリングと称する虐待の毎日。
体力や技術のアップなどとは全く関係のないリンチを繰り返され、
古賀は日々一人になると泣いていた。
こんなはずではなかったのに…俺が送りたかったのはこんな奴隷生活ではないと。
大体、俺はあの小学生に負けたなんて思っていない!
ただぶつかっただけの事故だった…
顔を合わせたわけでもない相手に、勝ったも負けたもあるもんか!
面白おかしく書き立てられたせいで俺のプロレス人生は台無しだ!
…しかし、こう訴えたところでどこの誰が聞く耳を持ってくれるのか。
彼は道場でちゃんこを作りながら、鍋の中に涙を落とすばかりだった。

 7月下旬にさしかかった暑い日、古賀は道場のある街から電車とバスを何本も乗り継いで
はるばるY小学校のあるこの地区へとやってきていた。
前日に先輩の一人から言われたことのために。
「またデビューさせてもらって、一人前の扱いしてほしかったら…キッチリ落とし前つけてこい」
 つまり…自分をKOした例の大きな小学生を倒してこいとの言いつけだった。
「じょ…女子小学生に喧嘩売ってこいって言うんすか!?」
 当然古賀は黙って受け入れられなかった。しかし、
「その小学生にぶっ飛ばされて大恥かいたのはどこの誰だと思ってんだ!
ガキにやられて黙ってる奴をプロとして使ってたらうちの団体そのものが笑われるのがわかんねえのか!
キッチリ借りを返して!その分かりやすい証拠を持ってこい!
あのガキ痛めつけて俺たちのところに引っ張ってきて土下座させろ!
そうすりゃ認めてやる。できるまではてめえ、道場に入れねえからな!!」
 無茶苦茶な命令だったが、体育会系の団体における先輩の言葉は絶対だ。
格闘技に身を置く大人の男が女子小学生を決闘で負かして仲間の元にさらって謝らせようなんて…
余りに気の乗らない指令だったが、従わないことにはプロレスラーとしての自分の未来はないのだ。

 その少女のいる町は、前々から騒いでいた週刊誌やネットの情報で知っていた。
日本一大きな小学生を始め、とんでもない少女たちがなぜか多く存在する学校があるという話で。
(しかしそこに行ったからって、すぐ見つかるほど簡単じゃないだろ…)
 ブツブツ言いながら仕方なく探索を開始する古賀の視線の先に、
「!」
 なんとも都合良く、高くそびえるような少女が歩いていた。
今日はY小学校、一学期の終業式の日なのだ。
その手を伸ばせば道端の標識に軽く触れるであろう、間違いなく2mを超えているその体!
間違いない…あいつだ!
身体的迫力が魅力の一つとされるプロレス界に身を置く自分が、
素人のしかも女子小学生に20cm以上差を付けられている事実に劣等感を覚えつつ
古賀は少しずつ歩を速めてその長身少女、秋野さくらに接近していく。
しかしある程度近付いたところで戸惑う。
彼女を捕まえて…それからどうするのか?
日々プロレスの道場で鍛えている自分なら、大きいとはいえ線の細い小学生の女の子1人を
力ずくでどうにかすることなど造作もないことだ…
だがそんなことをしていいのか…大人相手でも素人に手を上げることなど許されない職業の男が。
いくら先輩からの命令とはいえ、女子小学生に暴行を加えて拉致して来いなどと…
彼女まで10mほどの距離にまで寄ってから、古賀の足は急にペースが落ちる。
距離が詰まるほど、躊躇いがつのってきた。

 グイッ。
「あ、あだだだっ!!」
「そこで何コソコソしてんの、あんた」
 不意に古賀は、まるで重機にでも巻き込まれたかのような力強さで髪を真後ろに引っ張られた。
一気に仰向けに引き倒された古賀の視界に広がったのは、
夏の太陽を背にして黒く見えた、巨大な人影だった。
「さっきからずっと、さくらちゃんをつけまわしてたでしょ」
 慌てて立ち上がり、その何者かを確認した古賀はまたも驚かされる。
自分より明らかに、体の縦も横も上を行きながらまだ幼さの残る顔立ちの女だ。
「最近変質者が多いから注意しましょうってプリントまで回ってるけど、
やっぱりいるんだねー。許せないね、こういう奴は」
「だ、誰だお前は…」
 付け狙っていた対象の超長身小学生・さくらはこうしている間に
後方で起こっている騒ぎにも気づかず遠くへ歩いて離れていく。

「はぁ?『誰だお前』?聞きたいのはこっちよ。
あたしの大切なクラスメイトがストーカー被害に遭ってるのを黙って見過ごすわけにはいかないの。
二度としないように、懲らしめてあげなきゃね」
(ク…クラスメイトだ!?まさかこのでかいのも小学生だってのか!
どういう学校だよ…)
 体格には自信のあった古賀だが、目の前のこの女は目で見る限り自分より5cm以上は確実に高い。
そして何よりこの女は、腕や脚の太さ、肩幅に体の厚みまでもが
プロレス練習生の自分よりも、業界で言う『できた体』をしている。
よそ者の古賀には当然わかるはずがなかった。
彼女こそが強者ぞろいのY小女子の中でもとりわけこの町の男たちから恐れられる、
小学生アマゾネス・相沢智恵理だということが。

「くそっ…どけ!」
 こんなわけのわからない大女の相手をしている暇はないとばかりに、
古賀は得意のタックルではねとばし、本当に片付けるべき仕事の相手へと向かおうとする。
練習生の身分とはいえ所属する小規模団体の中では恵まれた体格の古賀。
体のできていない若手同士のスパーリングにおけるぶつかり合いでは自信を持っていた。
 ドッ!
 ズザザ…
 体重を乗せてぶつかっていった古賀に押され、智恵理のスニーカーが路面の上を後ろへと滑る。
だがそれも、すぐに止まってしまった。
弾き飛ばすどころか数cm後ろに移動させる程度しかできなかったことに、古賀は目を疑う。
「ふーん、抵抗するんだ。ま、その方が面白いけどね」
 ドウッ!!
「ぐっ…が!!」
 体ごとぶつかってきた古賀を軽く受け止めた智恵理は、両手を組んで作ったハンマーを
古賀の背中にたたき落としていた。
背中に落とされた重い衝撃が体内で爆発するように痛みとなって広がる。
汗がドッと噴き出し、詰まる息に古賀は思わずうめき声を発していた。
こんなものは、小学生から与えられる打撃じゃない!古賀は軽いパニックに陥っていた。
そして智恵理も、落とした手に伝わった彼の背中の感触に、並の相手と違うものを感じていた。
「よく見てみれば結構鍛えてるみたいだね。それならあたしも手加減とか気にしなくていいかな」
 日頃身の周りにいる同級生や年上の中高生、また大人の男相手でも得られなかった
戦いの満足感が味わえるかもしれない、そんな期待感からか智恵理の太い腕が脈動する。
袖を捲り上げたTシャツから突き出ている丸く盛り上がった肩、中身の詰まった引き締まっていて太い豪腕、
裾に十分な余裕のあるように作られているはずのハーフパンツにあまり隙間がないほどの太腿は、
古賀の所属する団体内を見回しても、自信を持って横に並べる男がいるかどうかは怪しいものだ。
プロレスラーをとして素人の女の子に見た目で圧倒される悔しさを飲み込みつつ、古賀は再度飛びかかる。

「プ…プロをなめるな!」
「はぁ?プロ?何の?」
 智恵理は目の前の男が本職のプロレスに関わっている男だと気づいていない。
プロレスは好きだがメジャー団体の有名レスラーならともかく
地方インディ団体の試合に少し出ただけの若手を知っているほどマニアックなファンではないのだ。
殴りかかった古賀の腕を、智恵理は簡単にキャッチ。
その掴む手の圧力に、古賀は狼狽する。
なんて力なんだ…道場でのスパーリングでもここまでの締め付けは経験したことがなかった。
小学生からこんな力を加えられるわけがない!と現在の状況を飲み込めないまま
古賀は一気に腕を極められ、窮屈な姿勢に追い込まれる。
腕がまっすぐに伸びきり、苦痛から逃れるには極端な前かがみになるしかないのだ。
 ギリッ…
「あ…ああ!!」
 女子小学生にひねられ、情けなくも声を漏らしてしまう古賀。
「で?何のプロなの?苦し紛れにいい加減なこと言ってると、折っちゃうよ」
 グイッ。
「くそぉ…ぁ、いだだだぁ!!」
 本当にへし折られてしまいそうな激痛を加えられた上、この大女はさらに体重をかけてくる。
悔しがる言葉もすぐに悲鳴に変わった。
「適当なハッタリであたしを黙らせようとか思ってんの?ほらぁ」
 智恵理は古賀の腕を掴みなおし、自分を中心に円を描くように振り回し始めた。
「あぁぁっ…!!」
 そのまま黙って立っていたら、肩も肘もまとめて砕かれかねない。
関節を守りこの痛みから逃れるためには、とにかくこの豪快なスイングに遅れないように
走ってついていくしかなかった。
不自然な体勢のまま、智恵理に振り回されドタバタと走り回らされる古賀。
大人と子供が、完全に逆転している。
「そーぉ、れっ」
 何周もさせた後、智恵理はひときわ力を入れながら手を離し、古賀を投げ飛ばした。
足がもつれにもつれ、腕が折られるのも時間の問題だった古賀だったが、
そこで一気にリリースされたことで、半ば足を滞空させながら一直線に猛スピードで走らされていく。
そして古賀は小学生時代のように不恰好に転び、体のあちこちを擦り剥いた。
あまりの勢いにプロレスラーらしい満足な受身も取れず、体全体で道路に飛び込むような情けない転び方だった。
肘や脛に血を滲ませながらヨロヨロと立ち上がってくる。しかしその途中で悲痛な叫びを上げた。
腕を折られはしなかったものの、極められた状態で無理に振り回され続けたことで
関節が違えてしまっているようだ。手を付くだけでも痛みが全身を駆け抜ける。
「あがが…くっ、そぉ……」

 バシーン!!

 この界隈に大きく響き渡った打撃音だが、一時的に聴覚の麻痺した古賀だけは
無音の空間の中で激しくなぎ倒され、無様に転がった。
今までに1発でもこれを食らってまともに意識を保てていた男はほとんどいない、智恵理のビンタ。
朦朧としながらもかろうじて失神を免れている古賀は、さすが道場で揉まれてきただけのことはある。
一方古賀も、今までに殴られた中で間違いなく最大の痛みであり、意識を繋いでいられたのは奇跡的でもあった。
道場で拳や、竹刀に木刀で殴られるよりもはるかに重く、脳を揺さぶられる打撃だった。
頬は膨れ上がり、奥歯は位置がずれたのか噛み合わせると稲妻のような痛みが走る。
顔から色が抜けた表情でたっぷりと脂汗にまみれ、それでもどうにか立ち上がっていく古賀。
だが直後にその視界は、智恵理の大きな靴のソールがいっぱいに覆った。

 ドーン

 智恵理の足というバズーカに発射されるかのように、古賀が飛んでいく。
体丸ごと空を飛ばされた経験など、これまでに一度もなかった。しかも1人の人間の蹴りで!
再び壁に叩きつけられた後、古賀は立ち上がるより先に恐怖感に覆われ始めた。
とんでもない奴を…相手にしてしまったのではないかと。
そして、もう逃げられないこと。
プロレスラーとしての自分を取り戻すためこの地に足を踏み入れたはずが…
その行為を、後悔が支配し始めてきた!

 あまりに不運だったと言うほかない。
古賀がこの相沢智恵理という少女のことを知らずに喧嘩を売ってしまったことが。
小学校4年生の時点で既に、右手と左手で1人ずつの大人の男を宙吊りにし、そのまま絞め落としてしまうような
圧倒的なパワーの持ち主だった智恵理。
去年は校区にあるジムでプロレスラー志望だった男5人組をほとんど1人でまとめて片付けてしまった事件もあったし、
その後彼らに騙されて連れ込まれた寺で襲い掛かってきた格闘技経験者も結局1人で料理してしまった猛女だ。
そして今年からは本格的なウェイトトレーニングにまで傾倒し始めた。
高校生である彼女の姉、高校バレー界の怪物こと相沢佳子の影響だった。
元々の体とパワーをもって、下手なスポーツ選手では運ぶこともできないような重量を反復して上下させる姉妹。
今、相沢家にあるダンベルを古賀のいる団体の男たちに渡して、果たして何人がまともに扱うことができるだろうか。

 …しかし当の智恵理は冷めたものだ。
「よわー。これだったらいちいちあたしが出しゃばったりしないで、さくらちゃんに任せといてもよかったかもね。
あの子、人前じゃ出さないけど結構力強いし。
ま、どっちにしたってあんたみたいな貧弱チビは相手になんないけどさ。
ねぇ、どうやってイタズラしようとしたの?弱っちいくせに」
 プロレスの世界に身を置く男が『貧弱チビ』呼ばわり…古賀にとって屈辱的だったが
智恵理にとっては見たまま、感じたままを素直に言っただけのことでしかない。
187cmの智恵理から見下ろす背の低い男だし、軽く出した手足で紙のように簡単に吹き飛んでしまう弱虫だし、
掴んで持ち上げることぐらい、こんな簡単に…
 ひょいっ。
「ひ…ひぃぃ!!」

「結局男なんてこんなもんか…半端に期待持たせないでよね」
 古賀の体がまるで軽い木の棒のように、智恵理の肩の上でまっすぐ逆さまに立てられる。
「ほ〜ら…どんな風に落としてほしい〜?」
 相手の力を完全に見切った智恵理は、変質者退治からいつものいじめっ子の姿勢に移行していた。
「あ…ぁ…ぁ……」
 ドダン!!
 ブレーンバスターの体勢でたっぷりと長い時間空中で拘束し恐怖感を煽ってあげてから、
変則式なボディスラムで前方に放り投げる。
体の前面全体を地面に強打した古賀はまたも襲われた呼吸困難に呻き、
咳き込むたびにこれまで負わされたダメージで全身がバラバラになるような激痛が襲う。

「なぁにその顔〜?もう終わりなのぉ?」
 極太の腕を組んで見下ろしてくる智恵理はとてつもない威圧感を帯びているように、古賀は感じた。
先ほどのビンタの影響でグラグラしている歯が、震えてガチガチと噛み合うたびに頭にガンガンとした激痛が走るのだが
それでもこの真冬のような震えは止まらなかった。もう古賀に、戦意などかけらも残されていない。
日々味わわされている道場での理不尽なしごきが、これに比べればなんと可愛いものか。
道場でのスパーリングも、一度デビューしてからの実戦も、全て何かのお遊びだったのではないかと思わされるほど、
今目の前に立つ巨女はレベルが違いすぎる。
自分はなんと狭く小さな世界で最強を目指していたのか…
道場で大きな顔をしているどの先輩も、間違いなくこの少女の前には…
「そうなの、もうかかって来れないんだね。じゃあさ、負けたらなんて言うの?」
「……」
「いい年して、そんなことも知らないの?」
「ま、ま……参りました…!」
 ついに古賀は自ら、小学生の智恵理に対して降参を宣言した。
そう、さくらにお尻で突き飛ばされ気絶したあの日の屈辱をさらに上回る、完全敗北だ。
偶発的な事故であったとして、決して自分は女子小学生に負けたなんて認めていないという最後の精神的堤防が、崩れ去った。
今こうして、自分は女子小学生より弱いんですとの意思表示を自分の口でしているのだから。

「悪いことしたら、なんて言うの?」
「え…」
「え、じゃないでしょ。まさか、小学生に教えてもらわないとわかんないのかなぁ〜」
 少し苛立った口調の智恵理が、その大きな手のひらを繰り返し強く握り締めて見せる。
それは今まで彼女の恐竜の如きパワーを味わわされてきた古賀にとって、絶対的な脅迫となった。
全身が軋み、本当なら普通どおりに体を動かせないほどダメージを引きずっているのにも関わらず、
古賀は自分自身が驚くほど素早く体を縮こまらせ、小学6年生の智恵理に土下座して許しを乞う。
「ご……ごめんなさいっ!!」
 土下座までしろとは智恵理も言わなかったのに。
これ以上痛めつけられたくないばかりの、あまりに卑屈な醜態だ。
智恵理はその惨めな姿に軽く吹き出しながら面白半分に、地に付けられた古賀の頭のすぐ近くを目掛けて
ドン!と足を踏み下ろしてみた。
滑稽なほどにビクンと跳ね上がり、まだ土下座を続行する古賀が智恵理はおかしくてたまらなかった。
「もう二度と、こんなことしない?」
「もうしません!!」
「絶対?約束する?」
「約束します!!」
 智恵理に促されたとおりの反省の言葉を、平身低頭したまま素直に叫ぶ古賀。
男子プロレスラーが女子小学生に負けたどころの話ではない。自分から土下座して、泣いて謝っているのだ。
もしこれが誰か第三者の目に触れていて報道されたとしたら…
古賀どころか団体そのものが消し飛ぶ特大クラスの醜聞となったことだろう。

「じゃ最後に、罰ゲームね」
 もう何の抵抗もできないほど衰弱した古賀の片腕を智恵理は掴んで水平に伸ばさせる。
そしておもむろに、彼女はもう片方の手を真上に振りかぶった。
人差し指と中指だけをまっすぐにして…
彼女が何をやろうとしているのかを把握した古賀は、逃げる力のないまま青ざめた。

 ビッチイイイイイン!!
「ぎゃあああああああああああああ!!」

 智恵理の伸ばされた2本の指がうなりをあげて、処刑台に固定されたような古賀の腕をとらえた。
腕ごとへし折るかのような、重く強烈すぎるシッペだった。
肉打つ音と古賀の悲鳴のハーモニーが青空へと走り抜け、
ゴムホース2本のように太く隆起したミミズ腫れの腕を地面に這わせて
古賀自身もドチャリとアスファルトに崩れ、動かなくなった。
「何のプロなのか聞き忘れちゃったけど、もういいや。
またこのへんウロウロして女の子について回ってるの見つけたら、次は本気で技の実験台にしちゃうよ。
わかった〜?」
 彼の非力さへの落胆をいじめで解消したかのようにスッキリした智恵理は、
その脅しへの返事さえもできない古賀をそのままにして帰路についた。
古賀は車に踏まれた蛙のように横たわって、照りつける真夏の日差しにさらされたまま
ただ汗と涙と泡と小便の染みを、熱したアスファルトに広げ続けていた…


 その日以降古賀は道場に戻ることもなく、その後の彼の消息は誰も知らない。


 つづく