まちをきれいに 第3話

 念願の戦闘着を手に入れてからの綾は、まさに水を得た魚だった。
この日、綾はいつもの楽しみに弘樹を同行させた。
自分にピッタリのセーラー戦士コスチュームを作ってくれた弘樹に、それを着ての初陣をどうしても見て欲しかったようだ。

 綾が向かった先は、表向きは数年前から誰も入居していないことになっている3階建てのビル。
しかし実際には、この一帯で幅を利かせているカラーギャング集団、Redsの溜まり場となっていることは
地域で常識となってしまっている。
悪質、凶暴な不良少年たちを恐れ近隣住民は誰も関わろうとせず、野放しの状態だ。
このビルに集合してから一斉に夜の街へと繰り出し我が物顔で暴れる、それが彼らRedsの行動パターンだった。
そのビルに近づくにつれ、事前に行き先を聞かされていなかった弘樹の足取りは確実に重くなっていた。
Redsのところに行くのでは…嫌な予感が、的中しようとしていた。
Redsの溜まり場のことは、少し離れた地域に住む弘樹も知っていた。
市の中心部にある街で若者の喧嘩と言えば、ほぼRedsが絡んでいると見てほぼ間違いないと囁かれる武闘派集団。
あの繁華街で彼らのイメージカラーと同じ赤い服を着て歩いていればそれだけで因縁をつけられリンチ、
素っ裸にされ通りに打ち捨てられると噂に聞くほどの狂気じみた暴力性を持つ男たちだ。
おまけにメンバーが総動員されれば、50人前後にまで膨れ上がるとも言われている。
いくら先日、綾が見せた強さが本物だったとしても、奴らはそのへんのカツアゲグループを相手にするのとは明らかに違う。
「ひ、広田さん、まさか本当に…」
「着いたわ、小寺君。ここよ」

 弘樹は心臓が止まりそうだった。本当に、あのビルだったのだ。
入り口付近にはドレスアップされた大型スクーターが7、8台無造作に駐車されている。
Redsのメンバーが10人近く既に集結していることがわかった。
「見てて、小寺君からもらったジュピターパワーで粉々にしちゃうから」
 これから殴り込む相手に対して恐怖どころか高揚感を隠せない調子の口調で言いながら綾は、
ここまで羽織ってきた大きめの上着のジッパーを下ろす。
下には弘樹から与えられた、グリーンのセーラーとミニスカートの装着された、タイトな白レオタード姿の綾が出現した。
そしてロングヘアを手早くゴムでポニーテールに束ね、完全にセーラージュピターへと変身を遂げた、綾。
「広田さ…うっ」
 バサッ。
 いくらなんでも無謀ではないかと心配の言葉をかけようとした弘樹の声は、綾から投げ渡された上着に遮られた。
「大丈夫よ。小寺君には指一本触らせないから、絶対に。
何も心配しないで、私流のおしおきを見ててくれればいいの」
 綾は学校などの人前ではまず出すことのない自信に満ちた笑顔と言葉に加え、大胆にさらけ出された上腕二頭筋を
豪快に盛り上げた。
弘樹の顔にありありと出ていた不安の色を笑い飛ばすかのように。
それを見て弘樹も不思議と、自分だけ気を揉んでいてバカバカしいと思えるようになってきた。
今見せ付けられている彼女の豪腕、そして他のあらゆる部分を前に、
むしろ男が10人程度で足りるのかどうか…とまで。

「な、何だてめ…グギャッ!!」
 綾が室内に踏み込むなり、最初に反応した男の怒声は一瞬にして悲鳴へと切り替えられた。
いきなりのことで自体が飲み込めず戸惑う弘樹のすぐ脇を、赤いベースボールシャツの男がスライディングして
階段を転落していった。
下顎の位置が大きく横方向にずれた顔をして、鮮度の落ちた活造りのように弱々しく蠢くだけの男。
遅れてビル内に入ってきた弘樹がRedsの集会所である部屋にたどり着く前に、早くも1人が料理されていた。

(!!)
 弘樹がやっと明かりの点いた部屋を見つけて中の様子を覗き込んだときには既に3人目までが片付けられていた。
綾の足元に2人、脇腹や背中を押さえながら元気のない団子虫になっている男たちがいた。
それぞれ一発のもとに声も呼吸ごと奪われて、無言で泣き崩れながら。
「くそーっ!!」
 赤づくめの男がまた1人、伸縮式の特殊警棒を握り締め綾に殴りかかる。しかし…
「ぐっ!?」
 素早く身を翻した綾が男の突き出した警棒を掴み、その怪力で一気に引き寄せる。
自分の繰り出した打撃をさらに上回る勢いで前に持っていかれ、その顔が恐怖にこわばりきるより早く、
 バグッ!!
 綾のもう片方の腕での肘鉄が迎えに出されていた。
その一発で脳震盪を起こし、昏倒する男。床に転がった警棒を綾は爪先で蹴り上げ、右手でキャッチした。
「こんなオモチャ…」
 メキッ、メリメリ…
「さっさと、卒業すれば?」
 バキバキ!!グニャッ…ギュッ……
「ひ、ひっ……!!」

 赤で統一されたファッションの強面集団が、一様に引きつった顔で震え上がる。
金属製の特殊警棒を、握力だけで折り曲げた!しかも手の中でこねて遊ぶかのように、さらに半分の長さに。
この警棒はまっすぐに伸縮させるタイプで、決して折り畳むように作ったものではない。
それを…握力トレーニング用のグリップでも扱うように軽く、四つ折りにしてしまった!
突如自分たちの前に現れた、アニメの格好をした見知らぬ大女に武器をへし折られ、仲間を次々に潰される。
街をほぼ自分たちのものとして好き勝手に振舞ってきた男たちにとって、こんなわけのわからない事態はなかった。
しかし、彼らのうち誰も、この正体不明のコスプレ女に正面から向かっていって好きなようにできる自信のある男はいなかった。
上背も、体格も、圧倒的に違う…こんな女、テレビでさえ見たことがなかった。

「こ、このバケモンが!!」
 彼らの中で最も体格に恵まれている1人の男が、鉄パイプを振り上げ綾に襲い掛かる。
悪で通っている男の手前、1人の女の前でうろたえていることなど許されない。加えてここは自分たちの縄張りだ。
しかし男が振り下ろした先から、綾の姿は消えていた。
空を切って床を叩いた鉄パイプから伝わった音と衝撃を認識する前に、男は腹部を襲った重い一撃に
体を180度近く折り曲げながら呻いていた。
サイドに回り込んでいた綾から放たれた、カウンターとなる強烈無比の膝蹴り。
長く逞しい綾の筋肉剛脚がボディにめり込み、男の体を数秒間宙に泳がせた。
プロサッカー選手のシュート、プロテニス選手のスマッシュを至近距離から腹に打ち込まれたかのような深く重く絶望的な痛みに
これだけで声の全てが枯れ果ててしまいそうな声量の甲高い悲鳴を口からほとばしらせながら、力なく地上に舞い戻った。
だが、綾の握力が、崩れ落ちることを許さなかった。髪を掴まれ、前屈のまま吊るされる男。
「さっき、何て言ったの?もう一回言ってくれる?」
「あ…ぁがが……!」
 これまでに4人の仲間をそれぞれ一撃で叩きのめし、さらに自分にここまで重いダメージを負わせながら少しの疲労も見せず
そればかりか面白い玩具で遊ぶかのような微笑みながら覗き込んでくる謎のコスプレ猛女に
男は朦朧とした意識の中で怯えきって目を泳がせ続けていた。注がれてくる彼女の視線に、目を合わせられない。
あちこちに目線を逃がしているうちに、この女の信じられない肉体が、もし手を伸ばせばすぐに触れられる距離で、
また極めて高い露出度でこれでもかと見せ付けられる。
Redsで最も体格、力、喧嘩強さのNo.1を誇っていた自分が…とてつもなく虚弱な存在に思わされてくる。
身長だけでも15cm近い差を付けられ、腕、脚、肩幅、腹筋、あらゆる部位において男の沽券を打ち砕かれる。
何の前触れもなく乱入してきて喧嘩を吹っ掛けて来たのはこの女のほうだが…
男は、いや、この場にいる男たち全員はこの女と構えることになってしまった悲運を心から嘆き始めていた。
内臓の位置が偏ってしまったかとさえ思える猛烈なニーリフトのダメージがもし残っていなかったとしても、
男はもう綾を睨みつけて威勢のいい台詞をはきかけることなど不可能だっただろう。
下顎が震え、奥歯がガチガチと音を立てている。

「レディに対して、何かとっても失礼なこと言ってたような気がするんだけど…ねっ!」
 不意に綾は髪の毛に加えて男の着る赤いベースボールシャツの背中を鷲掴みにすると、語尾を荒げると同時に
より一層の力を込め、男をプロレスで言うハンマースローの要領で強引に投げ飛ばした。
綾のパワーに逆らえるはずがなく、足もついていけない男は陸上の三段跳びの如く半ば飛ぶように走らされていく。
遊園地のジェットコースターをも凌ぐ恐怖感に息を詰まらせる男が猛スピードで向かう先は…窓ガラスだった!

 ガッシャアアアン!!

 残りの男たちも、死角で見守っていた弘樹も、戦慄に息を飲んだ。ここは、ビルの3階だ!
ここから投げ落とされたら、ひとたまりもない。正気の沙汰とは思えない暴挙に、血の気の引く男たち。

「ぎゃああああああっ!!」
 ガサッ、バキ、バサバサ、ドカッ、メキッガサガサ、バキキッ……ドッ。

 けたたましく連続して、外から男の悲鳴と音が聞こえてきた。慌てて窓から様子を見に集まるRedsのメンバーたち。
窓を突き破って転落していった男は…生きている!
ビルのすぐ傍に生えていた大きな樹木のいくつもの枝葉がクッションとなって落下スピードを緩め、命を取り留めさせたようだ。
全身の軽い打撲だけで重大な負傷はしていないようだが、精神的には完全にKOされていると言って間違いなかった。
アスファルトに仰向けのままカタカタと震え、見開いたままの瞳からは大粒の涙がとめどなく流れ落ちている。
股間からは大きく染みが広がり、湯気が立っていた。
あの男が再び立ち上がって3階まで戻り、また綾に向かってくることはまず考えられない。

 ごく短時間の間に5人を葬られ、残るメンバー5人が恐る恐る室内に視線を戻すと…
「あの人、明日から街でセーラー服の女の子を見たら、それだけでお漏らししちゃうようになるかもね。
これからはオムツが必須アイテムになるわ、きっと。…ん?少しやりすぎちゃった?」
 男を投げ飛ばした位置から動かず、綾が何事もなかったかのような顔で腕組みをして立っていた。
こんな状況をもたらしながらこの落ち着き払った彼女の振る舞いに、男たちは言いようのない恐怖に怯えた。
わざわざ見に行かなくても、相手が下でどんな状態になっているかがわかりきっている…
この女…こうして男をビルから投げ落としたことは一度や二度ではない!
致命傷を負わせず戦闘不能にするやり方を心得ている…男を潰し慣れている!!
今さらにしてそれを悟った男たちは窓際から足を動かすことができない。
ビルのこの部屋からの出口は…綾の背後にしかない。
「あなたたちも普段こうやって、弱い相手を追い詰めてきたんでしょ。
人の立場に立ってみて、どんな気分?群れて調子に乗ってるだけの半端者のみんな?」
 逃げ場を塞がれた哀れな獲物5匹を、強大な肉食獣・綾は左手を腰に当て右手の人差し指で悠然と招く。
「さぁ、オ・ト・コ・ら・し・く、かかってらっしゃい。
それとも、勇気を出してそこから飛び降りて逃げる?」

 ゴンッッ!!
 一際大きく、鈍い音が響き渡り、衝撃による空気の震えで、さっき割られた窓ガラスの破片がまた一つ、床に落下した。
タイミングを合わせて綾の両サイドを同時に駆け抜けて逃げ出そうとした2人の男が綾にあっさりとそれぞれ片手で捕まえられ、
その腕力で互いに強烈な鉢合わせを喰らわされたのだ。
大相撲で両方の力士が頭から突っ込んでいった瞬間に迫る激しい衝突。
悪ぶったチームに属する程度で所詮素人の男たちに耐えられるはずがない。
そろって色を失った目をした男が2人、空中に脂汗の尾を引きながら綾の足元に転がった。

「ひっ…うわあっ!!」
 かかっていける根性もなく、逃げるに逃げられず、前後に二の足ばかり踏んでいた1人の男があえなく綾に捕獲される。
片腕で軽々と上昇させられ、綾の両肩に担ぎ上げられる男。
「あなたたちって、どうせこんなものなのよ…大きな集団の中で、威張ってるだけ。
1人1人は大したことないザコだってこと、自覚したほうがいいわ」
「ぎっ……ぎゃああ〜〜〜!!」
「強そうな集まりの中にいると、自分まで強くなった気になっちゃうのかしらね…ただの勘違いなのに」
 メキメキッ!
「あ!!あああ!!ぁがっ…!」
 綾の広い肩の上で、男の体が悲惨なアーチを描かされる。完璧に決まった、背骨折りの体勢だ。
部屋には男の口と背骨からの悲鳴が合唱となって響き渡っている。
特殊警棒を握力だけで、ハンカチのように畳んでしまった女だ。両腕の力をフルに行使されたとしたら
今両肩に渡されている男の体幹など簡単にへし折られ、そのまま襟巻きと化してしまうのではないか…
そう思うと下手な手出しができず、ただ固まってその様子を見つめ続けることしかできない残り2人の仲間。
「あーあ、見捨てられちゃってかわいそうに…こんなにピンチなのに、誰も助けてくれないね。
普段からチームとか仲間とか言うけど、結局は自分だけ無事ならOKなのよ。
仲間のためなら命も捨てるとか、そんなのは漫画の中だけの世界ってことよね。そう思うでしょ?」
 少し意地悪な表情を浮かべながら綾は繰り返し軽く踵を跳ねさせ、目一杯軋ませている男の体をさらに揺さぶってやる。
そのバウンドに合わせ、絶命さえ予感させる男の喘ぎもリズミカルに弾む。
フリーになっているはずの両手足も、この責め苦から脱出するための何の力ももたらさない。
呼吸の自由さえ制限される激痛、今にも体を丸ごと二つ折りにされるかもしれない恐怖を紛らわせるためにか、
無意識のうちにただジタバタと上下させて空気をかき回しているだけだ。
それを心配しながらも一切手を出せない仲間たちを尻目に、男1人を乗せた綾はコツコツとブーツを鳴らして窓際へと歩く。
そして男の顔を窓の外へと向けさせ、
「あなたも、快適な空の旅を楽しんでみたい?さっきの人みたいに。
ここから飛んだら邪魔になる木もないから気持ちよく風になれるわ、きっと」
「ひぎっ!!た、助け…」
 綾の言うとおり、この窓から投げ落とされたら下のアスファルトまで障害物は何一つ存在しない。
3階から、直接地面に叩きつけられれば…まず助からない!
「このまま投げたら仰向けに飛んでいくでしょうね。お空を見つめながらのスカイダイビング、
たぶん癖になっちゃうぐらいの気持ちよさだと思うけど?」
「たた、助、許…殺さないで、殺さないでくださいー!!」
 ついさっき、躊躇なく男1人を窓から放り投げた女だ。その言葉が、ただの脅し文句とは到底受け止められなかった。
ついに男の口から、敬語での命乞いが飛び出した。
背骨をへし折られることも、10m近い高さから投げ落とされてのあの世行きも、
全て彼女の機嫌次第で今すぐ実現してしまうことであるのを認識し、男は完全に屈したのだった。
自分たちがチーム間の抗争、喧嘩でしょっちゅう口にする『殺す』などのやり取りが、
この拷問の前ではいかに幼稚なお遊びであるかを思い知らされながら。

「ふーん、いくらか素直になってきたみたいね。
でもあなたたちみたいな人って、その場さえしのげればいくらでも嘘なんてついちゃうし。
降参したふりして後で襲ってきた奴なんて、何人も見てきたから信用できないなぁ〜。
静かな街にするためには、やっぱり黙らせとかないとね。え〜いっ」
「いっ…ああああ〜〜〜〜!!」
 これまででも十分に悲鳴を搾り出させられていた男の口から、さらに大きな叫びが発せられる。
絶望的なアルゼンチンバックブリーカーに追加された、豪快なエアプレーンスピン。
今では悪人にとどめを刺すときの、お気に入りのフィニッシュにこの技を多用する綾だが、
思えばこの日が初披露となったのだった。
軽い素材のミニプリーツスカートが高速回転になびいて華麗にフワフワと舞い踊り、
それと対照的に醜く哀れに泣きわめきながら、アーチェリーのように反り返ったまま高速旋回し続ける男。
ハリケーンの直撃を受けた牧場の家畜のように、無力な姿だった。
「ほぉーらっ、と」
 ゴシャアアアッ!!
 ついに手を離されて宙に発射された男は2m近い高度を保ったまま水平に回転しながら…
窓からわずかに外れたコンクリートの壁に顔面から着弾、真っ赤な押し花を作ってゆっくりと床に崩れ落ちた。
あと数十cm横にずれていれば本当に窓ガラスを突き破って10m下の道路に墜落していただろう。
「…冗談よ。そこまでつまんない真似なんかしないわ、私だって。
でも少しは本気でやると思ったでしょ。フフ」
だがそんな綾の言葉は、血と涙と鼻水と小便の水溜りを作って完全に伸びている男に届いているはずがなかった。
ただ臭い立つ湯気に包まれてピクピクしているだけだ。

「さて、と…」
 残された2人のメンバーを振り返って見つめる綾。
これまでの8人がたどった地獄が我が身に降りかかることを想像し、見た目にわかるほど青ざめる2人。
「心配しなくていいわ、あなたたちは逃がしてあげる。
この他にも、まだいるんでしょ?みんなで同じ格好して街中でおままごとしてる仲間が。
その人たちによろしく伝えてね。街のみんなが迷惑しないように、もう少し静かに遊ぼうねって」
 もう用はないから消えなさいというニュアンスたっぷりに、綾は残りの2人に背を向けバイバイと手を振った。
足をもつれさせながら駆け出し、ビルの階段にドタバタと音を立てて逃走していった男2人。
ビッグスクーターの走り去る音が外から聞こえてくる中、静まり返った室内。
「お掃除完了ね。もう出てきても大丈夫よ、小寺君」
 弘樹は不安を払拭しきれない顔で綾のもとに駆け寄り、問いかけた。
「逃がして、大丈夫なの?本当に…」
「心配ないわ、全然」
 ごく短時間のうちに、武闘派で知られるストリートギャング8人を片付けておきながら
大した運動でもなかったのか平然と腕組みをして立っている
「で、でも…あいつらの仲間がそのうち…」
 相手はこの街で最大級の不良少年集団であり、集会所を荒らして大勢の仲間たちに恥をかかせた相手を
彼らが放っておくはずがない。後日、大量の兵を率いての報復があるのでは…との弘樹の不安は当然あった。
「そうね、本当にそうなったらちょっと危ないかも」
 それに対して答えた綾の口調からは、全く危機感が感じられない。
「だ、だったらなんで…」
「あの逃がした2人が、今日のことを正直に仲間のみんなに話せれば、の話だけどね」
「…え?」
「『女の子1人にみんなやられちゃいましたぁ、僕たちはビビって逃げてきちゃったんですぅ、
お願い、みんなで仕返ししてくださぁい、え〜ん』って、ちゃんと言えるかな?あの人たち」
「ぁ……」
「ああいう連中は見栄っ張りだからね、やられたって言うにしても多分強い男のチーム何十人が喧嘩売ってきたとか
適当な嘘ついちゃうんだと思うよ。それで仲間たちは真に受けちゃって、敵討ちのためにいるはずもないチームを探し回るの。
探してる間に今さら嘘だったなんて言い出せなくて、追い詰められていくあの2人の様子がなんだか想像できて…
笑っちゃうよね。アハハ」
 友達同士の楽しいおしゃべりのように笑う綾。
だが口にしている内容は弘樹を圧倒し続けた。
やはり綾は間違いなく、こうして群れて調子に乗っている男の集団を潰すことが慣れっこになっているのだ!
おそらく綾の言うとおり、これまで彼女に叩き潰されてきた男たちも、街で喧嘩上等だの最強だの吠えていた手前、
たった1人のコスプレ大女にぶちのめされた仲間を捨てて逃げ帰ってきたなどと仲間に泣きつけるはずもなく、
恐怖と屈辱、虚勢の板挟みに喘いできたのだろう。
今日も街で大きな顔をしている最中も、いつまた綾に出くわすかもしれずビクビクしているのかも…

「そんなことより小寺君、楽しんでくれた?これが私の、本当の姿♪」
 今さっきまでストリートギャングどもに、二度と刃向かう気など起こさせないほどの大打撃を加えていた猛女と
同一人物であることが信じられないような優しげな少女の顔を弘樹に向け、微笑んだ綾。
「う、うん…すごく、かっこよかった…!」
 そうコメントするだけで精一杯だった。
弘樹は綾の期待通り、いやそれ以上に彼女の活躍を楽しんだのだ。
2人きりになった部室で見たあの日の綾をさらに上回る迫力で、街にはびこる悪を痛快に打ち倒して見せた綾。
物陰で見守りながら、弘樹は胸と股間の沸騰からくる息苦しさに悶えつつ、ただその勇姿を目に焼き付け続けた。
漫研で出会った4月から思いを寄せつつも、絶対に手の届かない相手だと思っていた、綾。
その綾が、誰にも教えなかった秘密を自分と共有し、さらに自分の協力を喜んで受け入れてくれたこと、
(自分が作ったのだが)こんな刺激的なコスチュームを身にまとい、腕も脚もあらわにした大胆な姿で
街で大きな顔をして歩いていた男たちを見下ろしながら次から次へと沈めていくとてつもない強さ。
綾は言う。これが本当の姿だと。
いつも校内で、(その身長を隠すのは不可能だとしても)鍛錬の重ねられて盛り上がったその肉体を
大き目の制服と標準の長さのスカートで覆い、静かに読書をしている様子のほうがごまかしなのだ。
不良集団をものの数分で処理してのけた『本当の綾』をしばらくボーッと見つめ続けていた弘樹だったが、
「クスッ…なぁに?変な小寺君」
 やはりその様子がおかしく見えたのだろう、笑い出した綾に気付いて弘樹はさらに顔を赤らめ、
仕事を完了させた綾に慌てて上着を渡そうとする。でも綾はそれを受け取るよりも先に少し間合いを取ると、
「やっぱりこのコス最高!デザインも完璧だし動きやすいし、私が着てた適当なのと全然違う!
ジュピターになりきれるっていうか、実際にいつもよりパワーが出せたと思うの」
 子供のように喜びながら、素早くそれでいて重そうなワンツーコンビネーション、加えてハイキックを空に見舞って見せる。
まず当たる心配のない間合いに立っていても、弘樹は綾にノックアウト同然の状態だった。
そして綾の大きな動きに合わせて、密着したレオタードの中で柔らかく重くバウンド、スイングされるバスト。
白いハイレグをあらわにしてめくれ上がるミニスカート、パンチとキックの風圧に乗って伝わってくる綾の香り。
理性を保てる自信がない、それどころか先に意識が吹き飛ばされそうだ。

 ごくごく短時間のうちに男8人を料理してのけた綾が平然としていて、それを見ていただけの弘樹のほうが息を乱し喘いでいる。
初めて綾に、自分が作ったセーラージュピターのコスチュームを着てもらったあの日も
家に帰るなり、脳裏に焼き付けておいたその勇姿を再生しながら布団の中で猿に退化してしまった弘樹。
あの日以上の衝撃を休む間もなく与えられ続けているのだ。おそらく今夜は一睡もできないだろう。
綾に異変を悟られまいと弘樹は己が欲望と必死の格闘を強いられながら、どうにか綾に上着を渡した。
しかしその姿は蒸気を発しそうなほど真っ赤な顔で生汗を浮かべ不自然な前傾姿勢と第三者から見れば明らかにおかしな様子で、
欲望との格闘という面ではかなり追い詰められて苦闘していると言えた。
(ハァッ、ハァッ…!!)
「本当にありがとね。小寺君」
 普段のストレートに髪形を戻し、ジュピターコスチュームを隠した大き目のジャンパー姿の綾は
苦悶する弘樹をよそにニコニコと微笑を下ろし、一つ弘樹の肩にポンと手を置いてから空きビルを後にする。
この日を境に、このビルがRedsの集合場所として使用されることはなくなった。


つづく