狩人たち

 ブルグン帝国内にあるハンターズギルドに掲示された依頼に、腕自慢の男たちは色めき立った。
隣国へと通じる山道に現れる、ある怪物を退治した者には5,000,000G(この国の通貨)―――。
それまでにギルドで扱われた依頼としては破格の報酬。
この依頼主は、国だった。
国として、なんとしてもあの怪物は排除しなければならないのだった。


 ブルグン帝国にとって、隣に位置するフランク共和国の領土は喉から手が出るほど欲しいものだった。
海に面していて漁業、その他産業も盛ん、外国との貿易でも多大な利益を得ているフランク共和国。
それに対しブルグン帝国は険しい岩山に周りを囲まれ、他国との窓口がない立地だ。
資源の豊富な海に出るにも、他国と接触するにも必ずフランク共和国領を通らなければならない。
それほど国土も大きくないフランクに利権を押さえられてしまっているのが、ブルグンには不満だった。
そしてついに、ブルグンはフランクに対する武力侵攻を決行。軍を派遣した。
…だが、それは失敗に終わる。先行した部隊をほとんど失い、残りの兵たちは逃げ帰ってきてしまったのだ。
これに怒ったブルグン帝国皇帝はさらに増強した軍を送る。しかしそれも…
「ええい、なぜだ!!大して兵力も整えていないフランクに何を…!!」
「陛下、それが報告によれば、我が軍はフランク領にたどり着く前に壊滅状態に陥ったと…」
「どういうことだ!?」
「どうやら両国の間にある岩山あたりに怪物が現れるとのことです。それもとてつもない力を持った…
かなり地の利も生かした狡猾な奴のようでして、狭い山道で幅広く陣を取れない我が軍は
一挙に攻めることもできず、やられてしまっているようです」
「ううむ……」
 これを受けて帝国は作戦を変えた。
大軍ではかえって不利と判断、国内で活動する、各種モンスターの討伐を生業とするハンターたちにそれを依頼した。
支払う報酬は莫大なものだが、それによってフランクが落とせて、以後得られる利益を考えれば安いものだった。


 一生遊んで暮らしても使い切れない巨万の富に釣られて、腕利きのハンターたちは次々とその山を目指した。
この4人の男たちもそんな中の一組だった。
「よし、絶対に俺たちがいただくんだ。急ぐぞ」
「しかし…なんか色々変じゃないか?この依頼」
「何が?」
「『怪物・アンジェリカを始末した者には報酬を与える』って…なんでこいつは人間の女みたいな名前なんだ?」
「どんな生き物にだって、名前をつけるのは人間じゃないか。
『私はなんとかドラゴンです』なんて名乗る怪物なんか見たことないしな。小さなこと気にするなよ」
「それに依頼書にその怪物の姿形も描かれてないんだぞ…?」
「逃げて帰ってきた兵士たちはその怪物に関する情報を一切言おうとしなかったって話だな。
どんなでかい恐竜みたいなのか知らないが、軍も大したことないな。ビビっちまってよ」
「それとこの地図見たら…この怪物の出没地点の近くに、村があるぞ。コンカ村だって。
どうやらブルグンにもフランクにも属してないようだが…村の近くでいつも怪物がウロウロしてるのか?
ならその村の奴らは…」
「いちいち細かいことはいいんだよ!ほら、もうすぐその地点だぞ!
どこから来るかわからん、周りに注意を…」
「!!」
「うっ、こ、これは…!!」

 小さな家々が見えてきた狭い路地に、何人もの男たちや装備品が転がっている。
先行したハンターたちのようだ。
「お、おいお前、しっかりしろ!何があった!」
「ダメだ、もう息をしていない…」
「このあたりにいるんだ!気を引き締めろ!」
 緊迫感に包まれるパーティ一同。既に息絶えている先客たちの姿に、その怪物の脅威を感じた。
頑丈な鉄製の鎧が、鋏で切られたように大きくえぐれている。
少し離れた場所には、彼らの武器だったのだろう剣や槍、斧などが信じられない形となって…
男たちの頭に、まだ見ぬ怪物のまがまがしい姿が浮かぶ。
どんな硬い皮膚を持ち、どんな破壊力を持った爪や尻尾で彼らを惨殺したのか。
「ぎゃあああっ!!」
「あ〜〜〜〜〜!!」
 すぐ先から、誰かの悲鳴が轟いた。
「あっちだ!」「急ぐぞ!!」

「おい、その怪物は近くにいるのか!」
 4人組は前方から走ってきた1人の男を捕まえ、話を聞いた。
その装備からこの男も一攫千金を夢見て怪物狩りに参加したパーティのメンバーだったようだが、
その顔から戦意などは微塵も感じられなかった。全員その相手に傷らしい傷も付けられずに次々と逆に狩られ、
1人だけ命からがら退却してきたようだった。
「お、お前たちも逃げろ…あいつは今までの依頼にあったような動物なんかとはわけが違うんだ…!
ブルグン軍を退けたというのは決して作り話なんかじゃない…
あいつは人間の皮を被った、正真正銘の怪物なんだ!!」
「な、何?」
「人間の皮を…??」
 ドシャアッ!!
 話をしている男たちの足元に、砂埃を上げながら一組の鎧が滑り込んできた。
「何だこれは…」
「うっ!!」
 よく見ると、その鎧には中身が入っている。つまり、それを着ている人間が!
真上から頭部に猛烈な一撃を加えられたのだろう、被っていた兜が鎧の中にめり込んでしまっていて顔もわからない。
この状況から、明らかにこの男も命はない。
「どけ!!こんなの冗談じゃない、俺は帰る!!」
 話をしていた男は後から来た4人を振りほどいて一目散に山を駆け下りて行った。

 頭のめり込んで絶命した男についてくるように、足音が聞こえてきた。普通の、スタスタという足音。
4人の前に現れたのは、平和な村で花摘みでもして遊んでいる姿がよく似合うミニスカートドレスの平凡な少女だった。
ただ普通と違うのは、肘から先と膝から下に金属製の防具を装着している点だった。
そのガントレットやレガースも、見れば血らしきもので汚れているような…

「き、君は一体…」
「私は、アンジェリカ。このコンカ村に住んでいるの」
「ア、アンジェリカだと!?」
「まさかこの娘が…!」
「あなたたちも、私たちの村を荒らしに来たのね」
「な…何を言ってるんだ。俺たちは怪物を…」
「私を勝手に怪物扱いして賞金をかけているそうじゃない。そこの人たちが言っていたわ」
 彼女が指差す先には、さらに2人の男が倒れている。
1人は自らの武器だったと思しき巨大なハンマーの下敷きとなり、もう1人は背中を天に向けながら顔も同じ方向を向いたままだ。
「まさかこれも、この近くの奴らも…全部お前がやったというのか!?」

「でやーっ!!」
 アンジェリカが男の質問に答える前に、他方から別のハンターの掛け声が聞こえてきた。
先行していたパーティの生き残りが、彼女の隙を付いて真後ろから2本の剣で斬りかかる。
…が、それはアンジェリカに当たり前のように受け止められてしまった。
彼女が上に伸ばした両手の、人差し指と中指の間で!
「!!」
 正面からアンジェリカを見ていた4人には何が起こったのかもまだ理解できないでいた。
真後ろの物陰から別の男が襲いかかったことを把握する前に、その男の攻撃が彼女は指2本ずつで食い止められてしまっている。
まるで後ろにも目が付いているかのように。まるで男の不意討ちを予見していたかのように。
「うっ、うう…く……!」
 片手剣2本を捕獲した彼女の指を振りほどこうと男は渾身の力を込めるが、それが全く動かせない。
剣を離させるどころか、1mmたりとも揺らがせることさえできていない。
相手の少女はそれぞれ2本の指で挟んでいるだけだと言うのに!
「ふんっ」
「う、うわぁっ!!」
 背後の男がその程度の力しか持ち合わせていないことを確認し終えたのか、それともからかうのに飽きたのか、
アンジェリカは剣を捕まえていた指をクイッと前に倒す。
それだけの動作で男は己の全身にかかった力、流されるスピードに耐え切れず剣を離して真上に投げ上げられてしまう。
それを見てアンジェリカも奪い取った剣を投げ捨て、男を追いかけるように高く跳び上がる。
「ハアァ!」
 シュパーッ!!
放り投げられてから降下してくる男と上昇していたアンジェリカが交差する瞬間、
彼女は垂直に鋭く右脚を振りぬいた。金属が切り裂かれる甲高い音が空に響いた…

 ドオオッ!!ビチャ。
 トン。
男が背中から地面に叩きつけられ、少し遅れてアンジェリカが爪先から着地する。
男が落下した瞬間、なにやら不気味な音も一緒に鳴ったような気がして4人組が確認すると…
「ゲエッ!!」
「な、なんて真似を…!!」
 重厚な鎧を纏っているはずの男の下腹部から頭に至るまで一直線が走り、
そこからパックリと鎧ごと体が切開され血の海に沈んでいくところだった。
「『なんて真似を』ですって?人に刃物を振り下ろすということは、そういうことでしょう?
自分がそんな目に遭ったから非難するなんて、勝手なものね。
よその国に攻め込むような人たちだから、そんな考えもできないのかしら?」
「くっ…」

『人間の開き』にされた見知らぬ戦士の姿を目の当たりにして、彼らは確信した。
手配書にあった『怪物・アンジェリカ』とは間違いなくこの女だと。
そして最初に見た犠牲者のパーティも、獣の爪や牙によるものなどではなく
武器も持たないこの女の体術によるものだと。
「な、何者だ、こいつ……!!」

「本当はたまに来る本当の怪物から村の作物を守るために身に付けた武道だけど…
あなたたちみたいなブルグンからちょっかいを出してくる人たち相手に使わなくちゃならないなんてね。
私を怪物と呼びたいのなら呼べばいいわ。村のみんなに安心して暮らしてもらうためなら、
私は怪物にでも悪魔にでもなる覚悟を決めたの」
 アンジェリカはそう言うと、ブルグンの住人には馴染みのない構えを取って見せた。
背後に、肉眼では見えないが何か炎にも似た威圧感のオーラが広がるのを男たちは感じ取った。
戦いに身を置く者だからこそわかるプレッシャーに男たちは呻く。
「こ、こいつは…いわゆる武闘家ってやつか」
「くそっ…なんだかわからないが足が踏み出せない…!こいつは本物だ!」
「お前たち、こんな丸腰の女1人にビビって恥ずかしくないのか!」
「そうだ、しかもこいつたった1人やればあの多額の賞金だぞ!かかれ!」
 重装備の男4人のプライドで恐怖を押し殺しながら、うち1人が槍で猛然と突きかかる。

「でぇい!!」
 これまでに数々の大物モンスターを狩猟してきた自慢の一突き。
しかしその先に少女の姿が既にないことを確認できた瞬間には、男はその手から槍さえも奪われていた。
「…ぐががっ!!」
 男の太い首に長く硬いものが巻きつき、絞め上げる。それこそが、今男が手から失った槍だった。
鋼でできているはずの槍がまるで布のように易々と曲がって男の頚動脈を縛り上げたのだ。
「ぐっ!!ぐごっ…がぇああああ……っ!!」
 一切の呼吸を封じられ、倒れこみもがく男。背後からそれを見下ろすアンジェリカ。
「この程度の腕しかない人たちが自分のことを棚に上げて、そのへんの娘を怪物呼ばわりするなんて…
レディの扱いがなってないのね」
「な…何がどうなったんだ、今のは…」
「あの槍を、曲げただと…!?」
「早く外してあげないとその人、死ぬわよ」
「ぁぉ…ぇぐ……」
「た、大変だ!!すぐに外せ!!」
 残りの男全員が駆け寄り、縛り首にされた男を救出しようとする。
だが、拘束具へと変わった鋼鉄製の槍は3人がかりでもビクともしなかった。
一体どんな怪力でこれを折り曲げたのか…弱っていく仲間、微動だにしない丸まった槍…焦りが高まっていく中、
ついに男の首がガクリと落ち込み、もう二度と持ち上がることはなくなった。
「あああ……」
「こいつ、よくも俺たちの仲間を!!」
「狩られる側の気持ちが、少しは理解できた?あなたたちのやっていることも、同じことよ。
嫌なら、今すぐここから出て行って」

「くそーっ!!友の仇!!」
 2人目の男が襲いかかる。身の丈とほぼ同じ長さの大きな剣を振りかざして。
「…そう。やっぱり生きたまま理解できるほど賢い人たちじゃなかったのね」
 一瞬やれやれという顔をしたアンジェリカはすぐに戦う女の目に戻り、指をそろえた手のひらを素早く打ち出す。
 パシーン!
 彼女の手のひらが、男が振り下ろしていた剣の柄を真下から突き上げ、彼の手から宙高くへと抜き去ってしまう。
打ちおろした自分の手に剣がないことに気付いた男のすぐ眼前に、アンジェリカが立っている。
ただ顔だけ見れば長いブロンドヘアの、素朴な顔立ちをしたどこにでもいそうな村娘。
しかしその中身は…
 ズゴオオン!!
 彼女の装着したガントレットの内側から不思議な光を発したように見えた瞬間、
男の鎧の胸元に突き入れた拳が男の全身に落雷のような衝撃を与え、鎧も兜も手甲も全て粉々に破壊してしまった。
半裸となりながら吹き飛び転がった男の顔面すぐ近くに、空へと舞い上げられていた自分の剣がサクッと突き刺さる。
「ぁ…ぁぁぁ……」
「さて、友の仇をどうするつもり?」
 一撃のもとに装備品を全て奪い去られてしまった男の闘争心はほとんど消え入りそうだ。
「か…怪物…!」
 震える顎でそれだけしか口にできない男。
「本当にわからない人たちね。あなたたちが弱いだけだってば」
 パチィン!
 武装を全てなくしてしまった男への手加減のつもりだったのか、アンジェリカはその男の頬を手の甲で軽くはたいた…
だけのはずだったのだが、男の首はそれだけで半回転以上軽く回ってしまい、
ゴキリという音を残してそのまま動かなくなってしまった。
「あらあら…思った以上に軟弱なのね。こんな人たちが、どんなモンスターを狩っていたって言うのかしらね。
ウサギとか?」

 その恐ろしい強さを目に焼き付けさせられた3人目の男は怯えてかかっていけない。
「お…俺はフランク共和国を攻めようとしてるブルグン帝国に頼まれただけで…
決して君たちの村を荒らそうなんてわけじゃ…君みたいなかわいい子をモンスターとして標的にしたのも帝国の奴らで、
俺は利用されてただけで……」
 情けなく言い訳と命乞いをするだけだ。
「ブルグン帝国もフランク共和国も関係ないわ。私たちはただ静かに暮らしていたいだけなのに…
それでもまだ物騒なものを持ってゾロゾロ押しかけるなら、容赦はしないから」
 ズン!!
「ぶぐっううううう!!」
 アンジェリカが男の腹部に拳を叩き込む。その衝撃は背中にまで突き抜け、腹はもちろん背中の装甲までが砕け散る。
男の体内に伝わったダメージは推して知るべし、だ。反転した眼球を晒しながら、丸く潰れていく。

(この女…これでも喰らえ!)
 残る1人が、アンジェリカを離れた位置から狙っていた。彼はハンターチームで後衛を務める狙撃兵のような存在だった。
背中に負って運んでいた巨大な銃を地面に据え付け、狙いを定めで縄に火をつける。
体長十数メートルの巨大生物を狩るのに使用するような、大砲と呼んだほうがよさそうなライフルだ。
分厚い甲殻を持つ怪物でも貫通するその兵器を、まさかこんな1人の村娘相手に使用することになろうとは…
しかし遠く離れている標的の少女の目が、こちらを向いてキラリと光った。
(くそっ、気付いたか…)
 そこで彼女は男には理解のできない行動に出る。両足を踏ん張り、力を溜めるようにその場に踏みとどまっているのだ。
(何をやろうとしているんだ…武器も持たずに、その距離からではどうしようもあるまい!
しかも動きもせずに…この銃には敵わないから観念したとでも言うのか!)
 仲間は失ったがとにかくこの怪物女の首はもらった、報酬はいただきだ!男は舌なめずりをして照準を定めなおす。
火がジジジと音を立てて縄を燃やしていく。発射まであとほんの数秒。

「シュッ!」
 口からそんな息が漏らすと同時に、アンジェリカはその場で気合を込めた蹴りを繰り出した。
周囲に風が巻き起こり、男の目には見えない真空の刃が飛んだ。
発射までのカウントとなる火縄の燃える音が聞こえなくなったことに違和感を感じた男がふと下を見ると…
「そ、そんなバカな!!」
 銃身まで続く縄はまるで鋭利な刃物でカットされたかのように綺麗に根本から落とされ、
草の上に黒く焦げた縄が落ちていた。
「ど、どういうことだ…まさかあんな離れたところから脚で…そんなことがあるわけ…」
 驚愕と焦りに冷静さを失い、モタモタと再点火を試みる男だったが…
そのときにはもう、設置した銃を挟む形ですぐ脇にアンジェリカが立っていた。
「ひっ…!」
 男の毛穴という毛穴から、大粒の汗がドッと湧き出て全身を覆う。
これだけ接近されればもはやなす術はない。これまで見せられてきた仲間たちの末路の数々が我が身に重なって…体温を失う男。
「私よりずっといい年をした大人のくせに…オモチャなんか卒業しなさい」
 ドグッ!!メギベキャアアアッ!!
 アンジェリカの膝一発により大柄で太い狙撃銃は直角に曲がり、男の顔面に深々と突き刺さる。
大きな鉄製オブジェを顔に植え込んだ男が、正座しながらの仰向けでグシャリと崩れ落ちた。

「アンジェリカ…」
「お姉ちゃん!」
 全ての男が片付けられ、静けさを取り戻した村の家々から、それまで身を隠して縮こまっていた老人や子供たちが
歓喜に沸いて飛び出してくる。
「いつもありがとう…さすがは村一番の武闘家だ!」
「アンジェリカちゃん、怪我はなかったかい?」
「お姉ちゃん、少しスカートが破れてる」
「このくらいは仕方ないわ。村の平和を守るためだもの。
傷つくとしたら私だけでいいわ。そのかわり村のみんなを脅かすような人は絶対許さない。
ここに暮らす人にも、家や畑にも…指一本触れさせたりなんかしない!」
 村人たちに迎えられて、ようやく勇敢な戦士から普段の優しくて可憐な村娘の顔に戻ったアンジェリカ。


 ブルグン帝国の障壁となる怪物征伐に出向いた数多くのハンターたちは、
その怪物の正体である田舎の村娘1人の前で、ここに全滅したのだった。


おわり