やきもちアマゾネス

 僕はとある高校に通う2年生・細谷直己と言います。
実は、ある同級生について悩みがあるんです…


「ぐぇっ……や、やめて!!
「あんたはただクラスが同じってだけで、別に彼女でもなんでもないから…
あんたがどこでどの女の子と付き合ったってキスしたって、そんなのあたしには何の関係もないよ」
「じゃ、じゃぁなんで…なんでそのたんびに僕を痛めつけ……ぎゃあああ!!」
「なんでかな〜。…あんたみたいな大してかっこよくもないドチビが女の子と仲良くしてるシーンなんて、
なんとなくムカつくんだよね」
「そ、そんな、あががが……も、もう許して、放して、放してください!!」
「やだ。もうちょっと、反省してもらわなきゃ」
「な、何を、はんせ、ぅ、うぎゃあああああああっ!!」

 僕はほぼ毎日、同じクラスの女子生徒にその怪力でいたぶられるんです。
その女子の名前は、菅生栞。自転車部に入っています。
でも…ただ自転車の競技をするだけにはとても思えないほど、鍛えまくったとんでもない体つきをしています。
自転車を速く走らせるには全身の筋肉を使うことぐらいは、素人の僕にもわかりますが
それにしたってこの鍛え方は異常だと思います。
腕の太さだけで男子陸上部員の脚ぐらいあるし、当然メインで鍛える脚は言うまでもありません。
多分彼女に体当たりをされれば男子ラグビー部員も軽く吹き飛ばされると思うし、
組み合ったら男子相撲部員だって投げ飛ばされずに踏ん張っていられるかどうか怪しく思えるほどです。
そして背丈は男子バスケ部の誰も敵わない…

 そんな巨大アマゾネス・菅生さんがいつも僕にばかりこんな責めをしてくるんです。
昨日はあの極太の腕でヘッドロック。盛り上がる力こぶの圧力は、今までに触れたどんな物質よりも硬く重く感じられ、
頭蓋骨が砕け散ることを想像しながら僕は泣き叫びました。
今日は投げ飛ばされた後、あの巨体で馬乗りに。
190cm越えの巨体であの筋肉量だから、体重も半端なものではないはずです。
それが生まれてから体を鍛えたことなんかない僕に跳ねのけられるはずもなく…
ただその重量に、口から内臓が歯磨きのチューブみたいに押し出されて絶命することさえリアルに想像させられながら、
僕は菅生さんの悪戯っぽい視線の下で、音も出ない絶叫とともに虚しく宙を掻きむしり、蹴り上げていました。

 部活のユニフォーム姿の菅生さんは、制服のとき以上に威圧感を増します。
スピードを求める競技のため、空気抵抗を抑えるよう体にピッタリと密着するタイプの服装。
バチバチに張り詰めたサイクリングウェア越しに、彼女のサイボーグ兵器みたいな肉体が浮き彫りになっています。
ただ歩いているだけで服の表面に刻まれた腹筋、背筋の溝が周りの人を睨みつけるようにグリグリと蠢いて、
袖を引きちぎりそうな腕、スパッツを破裂させてしまいそうなお尻、太腿もその迫力で他の人々を圧倒します。
運動部に入っていて体格のいい男子生徒が、廊下を歩いて来る菅生さんを見つけて道を開けてしまうシーンを
僕は何度も目にしました。
自転車に跨り、突き出されたお尻を目にすると思わず震えが来てしまいます。
スポーツの経験などなくひ弱な僕が、もしあの菅生さんと尻相撲をする事態に追い込まれたとしたら…
10mは吹っ飛ばされて、一瞬でのKO負けは目に見えています。
ボディラインやお尻の形もあらわにして、脚の付け根の少し下から見せ付けてくるそのユニフォーム、
普通の男が普通の女子自転車部員を見る場合なら、とてもいやらしい目でまじまじと見ることも多いでしょう。
でも菅生さんは特別です。その上、いつも虐待されて何重にも恐怖感を浸透させられている僕からしたら。
あまり変な目で見つめていたら、それこそ絞め殺されてしまいそうで。

 しかも大体、授業中などに他の女子生徒と少し言葉を交わしたりしたらその次の休み時間に…やってくるんです。その地獄が。
今まで僕に彼女なんてできたこともないし、その少しの会話だって別に仲のいいおしゃべりをしたわけでもなく、
ただの事務的なやり取りだけなのに…
僕が何か悪いことをしたのでしょうか。菅生さんは一体僕に何の恨みがあると言うのでしょうか!


「そりゃお前…惚れられてんだよ、菅生に」
 学食で一緒に昼食を取りながら、同じクラスの男友達は呑気にそんなことを言いました。
「他の女と仲良くしてるように見えたら、そのたんびにボロボロにされるんだろ?
つまりは嫉妬だよ。自分以外の女にお前を取られると思って、ああいう行動に出るってことさ」
「そんな!好きだったらなんでいつもあんなにやられなきゃいけないんだ!」
「スポーツとか筋肉には自信あるけど、それ以外には不器用なタイプの女なんだよ、きっと。
見るからに、恋愛経験なんかなさそうだしな。口下手で、愛情を力でしか表現できない、かわいそうな乙女ってことでさ…」
「かわいそうなのは僕のほうだ!僕はなんとも思ってないのに、一方的に死ぬほど絞め上げられる毎日なんて冗談じゃない!」
「え?お前あいつのこと好きじゃないの?」
「好きでもなんでもない!あんな暴力デカ女!」
「ふーん、なんかもったいないよな。向こうはあんなにお前のこと気にしてるのに。
それにあれだけムキムキの大女、普通ならみんなで雌ゴリラなんて仇名付けるところを誰もそんなこと言わないだろ?
よく見てみろ、決してブスじゃないし、いやけっこうハイレベルだと思わないか?
あれで平均的な身長と体型なら、立候補する男はかなりの数に上るだろうな。
あくまで普通の体つきだったら、だけど。
菅生って、この間の件でますます普通の男からは恐れられる存在になっちゃったからな」
「この間の件?」
「あ、そうか。お前聞いたことないんだっけ。実はな…

お前は帰宅部だから知らないかもしれないけど、うちの学校の運動部はトレーニングルームを兼用で使ってるんだよ。
どの部が何曜日の何時から何時何分までとか、ローテーションが決まっててな。
でも最近、その決まりを無視して柔道部が長い時間独占するようになったんだ。
ほら、今年の春の大会でうちの柔道部は全国に行っただろ、あれで調子に乗ったみたいでさ…
顧問までそれが当然みたいな顔して、延々柔道部の奴らが使っててさ。
うちの柔道部はかなり柄の悪いのも多いから誰も文句なんて言えなくて、その勝手さもエスカレートするばっかりだったんだ。
俺たちバスケ部も含めてどこの部も迷惑してたんだけど、そこに突然、菅生が現れたんだよ。
自転車部の順番が来たから使わせてもらう、って。
『何だぁ?俺らが使ってるのぐらい見りゃわかるだろ、引っ込んでろ』
そのときベンチプレスやってた柔道部の主将が睨みつけて怒鳴りつけた。
自分たちが時間オーバーしてるのに、全然悪びれる様子もなしでな。
いくら菅生がでかくて体つきも半端じゃないとは言っても、そのとき部屋にいたのは十数人の柔道部員と菅生1人。
数の優位もあって、強気に出てたんだろう。
でも…
『あんたは別にそのまま続けててもいいの。あたしは勝手にやらせてもらうだけだから』
『な、何言ってんだお前?』
菅生の言うことの意味がよくわからないままの主将はお構いなしで、
菅生は主将が横になってるベンチの下に潜り込んでいったと思ったら…

『!!』
『あ、危ねえ!!』
『やめろ!!何やってんだ!!』
その場にいた柔道部員全員が腰抜かすほどビビっちゃった。
菅生の奴、主将が仰向けになってるベンチそのものを担ぎ上げて、スクワットを始めたんだ!
主将、100kg超級の大男なんだぜ…
おまけにそれってベンチプレス用の設備だから、当然バーベルも一緒についてるわけ。
無差別級の試合で勝ち進んだ主将がトレーニングで使ってたバーベルだから、用意してた重量は…
それからベンチそのものの重さも足せば、合計で何百kg乗せてスクワットしてるんだって話だろ?
…そんな重量がかかってるはずなのに、特に苦しい様子も見せないで菅生は凄いスピードで屈伸してた。
激しく上げ下げさせられて、主将は顔面蒼白になってベンチにしがみついてたよ。
周りで見てた柔道部の奴らも何も言えずに腰が引けて、もちろんトレーニングどころじゃなかった。
100回ぐらい繰り返したところで、菅生はベンチを下ろした。
主将、終わったあともまだ、初めてジェットコースターに乗せられてる最中の子供みたいな顔で硬直したまんまだったな。
『さて、と…』
あのとんでもないトレーニングがほんのウォーミングアップみたいな顔して、菅生はルーム全体を見渡した。
菅生が視線を向けた先から、そこに陣取ってた柔道部員が血の気を引かせて逃げて行くんだよ。
あんな力を見せ付けられた直後だし、変に抵抗した場合の自分に降りかかる運命が予測できたんだろう。
副主将も奥歯ガチガチ鳴らしながら、固まったままの主将を負ぶってヨロヨロしながら逃げ出したんだ。
…その後何事もなかったみたいに、菅生は自分のトレーニングを再会した。
バーベルのシャフトに、部屋中の付けられるウェイト全部付けてベンチプレスやってたよ。
俺たちはトレーニングルームの窓から、誰も何も口にできないままそれを目に焼き付けてた…

あの一件以来、男子柔道部はトレーニングルームに一切寄り付かなくなったんだぜ。
よっぽど菅生にビビらされたのと、他の部が見てるところで恥かかされて出て来れないのがあるんだろ。
独占する迷惑なのがいなくなったし、追い出した菅生たち自転車部もきちんと順番や時間を守ってるし、
俺たち運動部としては、その点では感謝してるんだけどな」
「……」

「で、お前本当に嫌いなの?菅生のこと」
「嫌いって言うか…あんな毎日暴力振るわれて、好きになれるわけないだろ」
「だからそれは愛情の裏返しなんだって、多分」
「何が愛情なもんか…僕の立場に立ったことがないから、そんな無責任なことが言えるんだ。
ただ普通に女の子としゃべる、いや、しゃべる以前のほんの少しの何かがあっただけで、
そのたびに本気で死を覚悟させられる理不尽な日々を送る僕の気持ちがわからないからそんなことを…」
「でもお前、死なないじゃん。一向に」
「…え?」
「死なないどころか、こうして毎日学校に来れてる。痛めつけられてはいるけど、ケガを全く負わされてない。
手加減してくれてるのさ。好きなお前相手だから」
「そ、そんなはずが…やられてる最中はあんなに痛いんだぞ!?苦しめられる本人の僕が言うんだから…」
「じゃ、お前以外で菅生の手にかかった男が全員最低でも保健室送り、ひどけりゃ病院直行、
最悪の場合退院した後もビビっちゃって学校にも来れないほど恐怖を植えつけられてることはどう思う?」
「……!」
「チアリーディング部の1年生に手を出した応援部の松井も、下級生を脅して金を集めてた3年の鶴見も、
校外の奴も含めて変なチーム作っていきがってたA組の高須も…」
「ま、まさかそれもみんな…」
「そうだよ、みんな菅生にやられた。菅生は自分の口からそんなこと言い出さないけど、
やられた奴らの様子を見たことある奴からは、菅生の手以外では考えられないようなブチのめされ方だったって。
鶴見は自分が持ってた鉄パイプを首輪みたいに巻きつけられて倒れてたって言うし、
高須なんて、二つに折り曲げられたバイクに挟まれた状態で転がってるところを近くの人が見つけて、
救急車を呼んだらしいからな」
「……。メチャクチャだ…」
「あいつを怒らせて自転車で追いかけられでもしたら、まず逃げられないんだって。
あのムキムキの脚でロケットみたいに加速して、原付でも速攻で追いつかれるらしい。
後ろから襟首捕まれて引きずり落とされて、そのままあの馬鹿力でクシャッとやられる。
素手でバイクを破壊する女だ、そこらの奴が何人か集まった程度じゃどうしようもないわな。
特にあの脚は人間凶器って言ってもいい。全力で蹴られれば内臓破裂は間違いないし、
胴体を締め上げられたとしたら、どれだけ太った男でも砂時計みたいな形になって崩れ落ちるって話だ。

…他にもいい気になって学校の中とか外ででかい顔して振舞ってる奴らは何人もいるけど、
菅生の目があるところでは随分おとなしいもんだ。
みんなが見てるところで露骨に菅生にビビってたら面子が立たないと思って、
菅生を遠くで見かけたら別の通路を迂回する奴らもいる。それに気付いて見てたら、余計みっともないけどな。
菅生自信は別に喧嘩の強さを自慢する趣味もないみたいで、あいつらがどうしようと何も思ってないみたいだし、
あいつらはあいつらで女1人にやられたなんて自分で言い出せるわけないから、
このいわゆる『菅生栞最強伝説』はまだ一部で囁かれてる程度にとどまってるだけなんだけどな」
 聞きながら、僕は食欲を失ってきました。
落ち着くために水を飲もうとしても、コップを持とうとする手に震えが止まりません。

「まあとにかく、お前に興味がなかったら初めからお前に毎日ちょっかいなんか出さないってことだよ。
この際その好意を受け入れて、付き合っちゃえよ。
あの最強女がいつもそばにいれば、こんな心強いことはないだろ。
お前も去年、3年に絡まれて金取られたことがあったし、これからもないとは言い切れないんだ。
『菅生の彼氏』と知られてれば、誰も手出しなんかできないはずさ」
「で、でも…」
「別の言い方をすると、お前がいつまでも菅生に対してはっきりしない態度ばっかり取ってると
菅生もそのうちお前に対してキレちゃうかもな。手加減をやめて、100%の力がお前に加わるってこともある。
そうなったらお前程度なら…この割り箸みたいに軽く…」
 ベキッ。
「うわあああっ!!やめて!!」
 友人はあくまで他人事だから、軽々しくそんな冗談を言いますが
ほぼ毎日あの地獄に落とされている僕にはとても笑って流せるような話ではありません。


「ほんっと懲りない男だね、あんた。何度やられたら、わかるんだか」
「ぎ、いぎ…ぎゃああああ―――――っっ!!」
 その日の放課後も、僕は菅生さんに捕まって拷問にかけられました。
何が気に入らないのか…昼からの授業中に僕が前の席の佐藤さんが落とした消しゴムを拾ってあげて、
ありがとうって言われるだけのやり取りをした…その程度のことしか、思い当たることはないのに!
ただ、違う女の子と声を交わしただけ…
それだけで、そのまるでパルテノン神殿の円柱みたいな太腿に僕の顔は閉じ込められ、
非力な僕では絶対に引き剥がすことなどできない猛烈な圧迫が襲います。
これから部活があるのか、自転車部のユニフォームに着替えたことでよりさらけ出された、
小麦色に焼けた凶器と呼べる剛脚。
その極太の筋肉の塊に挟み込まれた僕の頭は、きっと離れた位置から見たらほぼ全体が隠れていたでしょう。
覗き込んでくる菅生さんの意地悪な、でも少し微笑みも含んでいるようにも見える顔がようやく確認できる以外は
ほとんど闇に包まれてしまった僕の視界。
生身の肉体とは思えないほど硬い太腿にホールドされて耳まで塞がれて、
僕の頭の中には頭蓋骨が軋む音が、より鮮明に伝わりました。

「な、なんで…なんで僕ばっかり痛めつけるんだ…力の差なんて、はっきりしてるのに…
も…もう、弱いものいじめなんて、やめ…勘弁して…ください……」
 息も絶え絶えになりながら、僕は思い切って彼女に尋ね、許しを請いました。
今までは怖くて言い出せなかったことだけど、とにかくこんなことだけはもうやめにして欲しくて、
他の男でも手も足も出ない彼女が僕だけを狙っていたぶる理由が知りたくて。
「なんでかって?そんなの…」
 そういった後、菅生さんはなぜか言葉に詰まったみたいに黙ってしまいました。
心なしか、少し顔を赤らめたようにも見えたのですが…
「そんなの、自分で考えればいいでしょ。バカ」
 ギリッ!!ギュウウウ……
「はぎゃわあああああ―――――――――――――!!」
 直後に菅生さんが少し声を荒げた瞬間、両方の太腿に少し力がこもったように感じました。
柔道部員一同を凍りつかせたトレーニング風景、原付バイクを折り曲げハンドルを引きちぎる姿、
割り箸同然にへし折れる、僕の体…
昼休みに友達から聞かされた話がなぜか今映像化して次々と流れる錯覚の中、
僕の意識はそこで途切れました。

 ―――僕のことを好きかどうかはともかく、友達の言っていたことは間違いではないと思います。
僕をいじめているときの菅生さんの力は、あれでもまだ全開には程遠いということ。
もし彼女の機嫌をもっと損ねるようなことがあったら、おそらく僕の命は本当にそれまでだと思います。
…でも、彼女を怒らせないために、僕にどうしろと言うのでしょうか。


おわり