第5話 アルバイト

 日頃いろんなところでいろんな人から『大巨人』とか『バケモノ』とか言われる私ですけど、
これでも一応は普通の女子高校生なんです。
ただ学校に行くだけじゃなくて、他の女の子みたいに普通にバイトとかしたいと思うことだってあります。
でも私みたいな体に合う制服が出るバイト先なんてそうそうあるものじゃないし、
街を歩くだけで大騒ぎになってしまうような私がサービス業なんて勤まるはずがありません。
それ以前に、まともに面接だって受けさせてくれないでしょう。
だから、そういう願望はあってもずっと我慢し続けていたんです。こんな体だから仕方ないって・・・

 でも、ひょんなところからバイトの話が来たんです。向こうのほうから。
教えてくれたのは、同級生の久美子ちゃんでした。
「美樹ちゃん、バイトしたいって言ってたじゃん?ちょうどいい話があるんだ。
うちのアニキが美樹ちゃんを見込んで、どうしても美樹ちゃんにお願いしたいって私に頼み込んできちゃって。
美樹ちゃんがやりたいことかどうかはわかんないんだけどさぁ、一応話だけでも聞いてくれないかな。
なんかうちのアニキったら、美樹ちゃんがあたしの同級生だって知ったとたんに目の色変えちゃって、
あたしに何回もしつこく美樹ちゃんのことばっかり聞いてくるんだよ。おかしいよね。
・・・あ、気に入らないような話だったらすぐ断ってもいいからね。
あんまり変なこと言い出すようならブッ飛ばしちゃってもかまわないからさ。
・・・とりあえず、一度会うだけ会ってみてよ、ね?」
 久美子ちゃんのお兄さんって、どんな人なんだろう・・・
それに私を見込んで頼みたいことって、一体どんなことかな・・・
そう考えながら、私は放課後久美子ちゃんの家へと案内されました。お兄さんがいるそうなので。

「やあ!美樹ちゃん。僕だよ、僕!ずっと待ってたんだよ」
「あっ!!あなたは・・・」
 私は驚きました。久美子ちゃんのお兄さんだという人は、私が何度か会ったことのある人だったからです。
私が体を鍛えるためにスポーツジムに通っていることは前に話しましたけど、
今目の前にいる男の人は、いつも私とほとんど同じ時間にトレーニングをしている人だったんです。
確か、毅さんという名前だったはずです。

「何?美樹ちゃん、何でそんなに驚いてるの?アニキと知り合いなの?
・・・あっ、わかった!美樹ちゃん、あたしのアニキがこんなにちっちゃくて弱々しいから驚いてるんでしょ。
あたしと兄妹なんて、普通の人じゃ絶対わかんないよね。あまりに違いすぎるんだもん。
あたしも、こんなもやしみたいな男の妹なのが恥ずかしいんだよねー。一緒に歩けたもんじゃないよ」
「こらっ、久美子!兄さんをバカにするのもいいかげんにしろ!」
 確かに、私はそれにも驚かされていました。この人が、久美子ちゃんのお兄さんだってことに。
172cmもあってスポーツも万能な、健康的美人の久美子ちゃんに対して、
この毅さんという人は160cmあるかないかの、ひょりひょろとしたひ弱な体型なんです。
いつもジムで汗を流しているはずなのに全然逞しくなっていかない、不思議な人だとは思っていたんですけど。

「と、とにかく久美子、お前は出て行け!話がややこしくなるから!
僕は美樹ちゃんだけにどうしても話したいことがあるんだ!!」
「はいはい、わかりました。・・・美樹ちゃん、このチビアニキが少しでも変な真似したりエッチなこと
言い出したりするようだったらすぐにあたしに言ってね。あたしが責任もって懲らしめちゃうから」
「久美子!!」
「きゃっ、こわいこわい☆」
 久美子ちゃんは笑いながらお兄さんの部屋を出て行って、私は毅さんと2人きりになりました。

「まったく、あの妹は僕を兄としてちっとも尊敬なんかしてないんだから・・・いつもバカにして・・・
どうして久美子の奴だけあんなに大きくて強くて・・・僕なんかいくら鍛えたって変わらないっていうのに・・・」
「あ・・・あの・・・」
「え?・・・はっ!!ご、ごめん!久美子があまり僕をからかうからつい独り言を・・・
そ、そうだそんなことより本題に入ろう。・・・美樹ちゃん、君に是非頼みたいことがあるんだ。
お礼はいくらでもするから・・・決して悪いバイトじゃないと思うんだ」
「どんなこと、ですか?」
「・・・お願いだ!!是非君のその力で、我が新東都大学プロレス研究会を守ってもらいたい!!」
「ええっ!?」

 私は最初、毅さんの言っていることの意味が全然わかりませんでした。
大学?プロレス研究会?守るって・・・突然そういうことを言われて私は正直混乱しました。
「あっあの、どういうことなんですか?ちょっとよくわからないんですけど・・・」
「・・・えっ、あっ、そうだよね。いきなりこんなこと言われたって理解するのも大変だろうね。
つい焦ってたから・・・それじゃ、わかりやすく最初から説明するから・・・」

 毅さんは私に大体のことを話してくれました。
毅さんは大学3年生で、通っている新東都大学ではプロレス研究会というサークルの部長さんなんだそうです。
いろいろな大学のプロレス研究会が集まってできている関東学生プロレス連合という組織に毅さんのサークルも入っていて、
各大学の間でいつも対抗戦が行われているそうなんです。
でも毅さん率いる新東都大学プロレス研究会はずっと成績が低迷しているらしくて、リーグ内ではいつも最下位なんだそうです。
いい人材も集まらなくなって、今では連合に加入できる最低限の部員数しかいなくて、
さらに今度の行われるという優秀院大学との対抗試合で負けてしまうとリーグからの脱落が決定するそうで、
関東学生プロレス連合からは追放、サークルも解散させられてしまうって毅さんは話してくれたんです。
「もう、我が新東都大学プロレス研究会は風前の灯なんだ!
今度の試合では優秀院の奴ら、ベストメンバーを組んで僕たちを一気に潰しにくるに違いない・・・
そうなると僕たち自身には何も打つ手がないんだ、実力が違いすぎて!
もう頼めるのは君しかいない!!君のその大きさ、君のいつもジムで見せてくれる驚異的な力・・・
美樹ちゃんのパワーを見込んで・・・頼む!!一生のお願いだ!僕たちを救ってほしい!!」
 毅さんはそういうと、突然私の目の前ですごい勢いで土下座して頭をじゅうたんにこすりつけ始めたんです。
「つ、毅さん、何もそんなことまでしなくても・・・」
「君が・・・君だけが僕たちの救世主なんだ!お願い・・・お願いしますうう!!」
 私はそのときの毅さんの、うわずった声と鼻をすする音を聞いて何も言えなくなってしまいました。
(ウソ・・・泣いてるの・・・!?)
私も最初は久美子ちゃんの言うとおり、変な頼みだったらすぐに断って帰るつもりだったんですけど
毅さんのこの様子を見てそんな気持ちはどこかに吹き飛んでいってしまっていました。
だって、大学生の、大人の男の人が女子高生の前で泣きながら土下座して頼むなんて、よっぽどのことですよね?
私でよかったら、何か少しでも力になってあげたいなって・・・

 結局私はそのバイトの件を引き受けることにしました。
そう伝えた瞬間の、毅さんの表情が頭に残って離れません。
涙でグシャグシャになった顔をキラキラと輝かせながら私に抱きついてきた毅さんのあの様子が。
もう、ほとんど幼稚園児ぐらいの男の子みたいでした。

 そして次の日、私は毅さんに案内されて新東都大学まで向かいました。
プロレス研究会の部室には部員の人たちが全員そろって新戦力の私を迎えてくれたようです。
全員といっても、毅さんが話していたとおり人手不足で5人しかいませんでしたけど。
「で、でかい・・・」
「この子か、最終兵器というのは・・・すごい、すごすぎる・・・」
「これなら、優秀院など恐るるに足らずだな」
「バカ、これだけの体格とたくましさなら本物のプロレスラーだって十分に撃破可能だぞ」
「どうだ、僕が発掘した史上最大級の助っ人だぞ。ついに奴らに一泡吹かせるときがやってきたんだ!」
 プロレス研究会の人たちはみんな首を真上に曲げながら私を見上げて口々に驚きの言葉をあげました。
それと同時に、私もこの人たちを一目見て内心驚きました。
プロレス(プロじゃないけど)をする人たちだからもっと大きくてがっしりした男の人たちかと思ってましたけど
ここにいる人たちはみんな普通の体型というか、小さくてひょろっとした、どことなく頼りない人たちばかりでした。
一番大きな人で、久美子ちゃんよりやや背が高いぐらいです。
一番小さな人だと、あきらくんとそれほど変わらないかもしれません。
毅さんの言うようにいい選手が集まらないからこんな感じなのかもしれませんけど、
この人たちにプロレスなんてちゃんとできるのかなぁ・・・と心配になるほどでした。
さすがにこの人たちに失礼だろうなと思って口には出しませんでしたけど。

 そんなことよりももっと気になることがいろいろあって、私は毅さんに尋ねました。
「あの、私高校生なんですけど・・・いいんですか?大学の試合に出たりして」
「君が心配するようなことは何もないさ!そういう細かい部分は部長である僕に全て任せてくれればいい。
昨日君からOKをもらった直後に、君は新東都大学の女生徒ということにして連合には僕から出場登録をしておいた!
君は思う存分リングの上で暴れることだけ考えてくれればいい」
「でも、男の人とプロレスなんて・・・」
 昨日は毅さんの熱意に負けてつい引き受けてしまいましたけど、冷静になるとやっぱり恥ずかしいし・・・
「美樹ちゃん、自分にもっと自信を持つんだ!君を危機に陥れるほどの男なんてそういるもんじゃないぞ!
触られるのが恥ずかしいんならそのリーチを生かして近づけさせなければいい!
君にかかれば間合いに入る前にどいつもこいつもノックアウト間違いなしだ」
「はぁ・・・それから、プロレスって言ってもどんな格好ですればいいんですか?やっぱり、水着とか・・・」
「そうそう、それだ!実は君のためにリングコスチュームを用意してあるんだよ。
早速着てみてくれないか?僕たちもぜひ君の雄姿を見てみたい!」
 毅さんは自分の体よりも大きなダンボールをズルズルと引っ張りながら私のほうへと持ってきました。
私のために作ったコスチューム・・・?いつの間に・・・それにどんなのだろう・・・
私はその箱を持って、奥の更衣室で着替えてみることにしました。
箱を開いた瞬間、私は目を疑わずにいられませんでした。
「そ、そんな・・・ウソでしょ・・・」

 着替えが終わった私は、耳まで熱くしながらおずおずと部員の男の人たちの前に出ました。
「おおおおおお〜〜〜〜〜〜!!」
5人の男の人たちは声をそろえて歓声を上げ、胸の前で両手を組みながら目を輝かせています。
私はますます恥ずかしくなってしまいました。

 毅さんは、一体どこでこんなコスチュームを用意したんでしょう。
レオタードみたいな体にピッタリと密着する素材でできた、胸よりちょっと下のあたりまでしかないノースリーブのセーラー服。
胸の前には赤い大きなリボン結びのスカーフと、腕には肘まである白いロンググローブ。
それからなんだかやたらに軽い生地でできた股下ギリギリの、紺色の超ミニプリーツスカート。
そして、膝上まで覆うロングブーツみたいなリングシューズ。
これって、セーラームーン・・・?いや、それ以上にエッチで、すごく恥ずかしいんです、この格好!
こうして立っているだけでも恥ずかしい、肩も背中もおへそもあらわにするセーラー服とヒラヒラのミニとロングブーツで
しかも男の人と組み合って戦えだなんて・・・

「素晴らしい!!最高だよ、美樹ちゃん!君こそ最強の美少女戦士だ!!」
「今までさんざんバカにされてきた俺たちの無念をぜひとも晴らしてくれ!
まずは今度の試合で、優秀院の奴らを月に代わっておしおきしまくるんだ!遠慮は無用だぞ!」
「美樹ちゃん、かっこいい・・・君はまさに僕たちを救うため地上に降り立った女巨神兵だ!!」
「もうっ、そんな言い方やめてください!!」
 私の腰ぐらいの位置からギラギラした目で見上げてきては変なことを言う5人の男の人たち。
なんだかスカートの中をのぞかれているような気がして、私は真っ赤になりながら裾を下におさえ続けていました。

「僕が学生生活をささげ続けてきた新東都大学プロレス研究会の存否は君にかかっているんだ!
いや、君の活躍いかんでは関東学生プロレス界の覇権を握るチャンスもやってくるかもしれない!
頼んだよ、美樹ちゃん!・・・いや、超巨大美少女戦士、ギガンティック・ミキ!」
「え?ギガ・・・なんですか、それ?」
「君のリングネームだよ。昨日連合にはその名前で出場登録しておいたから。
この学生プロレス界に巨女旋風を巻き起こすぐらいの気持ちで、がんばってもらいたい!」
「え、ええぇ!?」


つづく