冒険は終わり……そして歴史が始まる……











ダイの大冒険異伝 火水の法則

第一章『愛しき日々の儚さよ』

魔王居城『ディーノ・キャッスル』。ここは勇者ダイが大魔王バーンと戦っている当時、リンガイアと呼ばれた国だった。外観はほぼ変わらないものの、要塞じみた城壁、港いっぱいに並ぶ軍艦は圧巻であった。ましてやそれらを動かすのも指揮するのも人智を超えた能力を持つ魔族たち。そして領土を拡大していき、いまや世界の四分の三は魔王の領土であった。人間はモンスター達の顔色を伺いながら生活する毎日。
 その『ディーノ・キャッスル』の主は魔道に長け、放つ炎は氷山を一瞬に蒸発させ、放つ氷は溶岩さえ凍らせるほどの魔力であった。

 魔王は大魔王バーン進攻の時代こう呼ばれていた。『大魔道士ポップ』

 カンカンカンカン…

 魔王居城、玉座の間に続く一本の廊下、静かなこの廊下にけたたましい複数の靴音。
 四人のパーティーが魔王を討つべく走り進んでいた。先頭のリーダーらしき若者が玉座の間の扉を勢いよくバタンと開けた。その若者の先に見える玉座。それに足を組み堂々と座る魔王ポップがいた。ゴクリとつばを飲み、先頭の若者はポップに言った。
「ふん。魔王の居城なんて云うから防備が固いと思っていたのに、意外にたやすく来られたな。城の備えが甘いのじゃないのかい。魔王様よ」
「ククク……貴様らごときで大迎に備えなどする必要があるのか? わざとここまで通してやったとも知らず……めでたい奴らだ……」
 そう言いながら、ポップは一行の後方にいた老人を見つめた。ポップは玉座の肘かけにもたれ、微笑を浮かべ言った。
「私の居城へようこそ……マトリフ師匠……」
「だまれ! 貴様のようなバカ者はもうオレの弟子じゃねえ!」
「ほう……それでバカ弟子の私を討つために、そんなニセ勇者たちを連れてきたわけですか……」
 そう、マトリフが連れていたのは、かつてロモス王国のゴールデンメタルスライム騒動において、ダイと小競り合いをしたニセ勇者一行である。勇者でろりん、戦士へろへろ、僧侶ずるぼん。
 だが同国にクロコダインが来襲した時にポップを叱咤した魔法使いのまぞっほと云う老人はもう故人でここにはいない。その代わりにマトリフが入り、ディーノ・キャッスルに攻め込んできたのである。
「……オレたちの手で引導を渡してやる……覚悟しろポップ」

 四人は戦闘体制に入った。彼らの作戦はこうだ。まずマトリフが全員にスクルトをかけ、同時にずるぼんも全員にピオリムをかける。その後マトリフは自分が所持していたあるアイテムでポップの呪文を封じ、そしてでろりん、へろへろがポップに一斉に攻撃を仕掛ける。ずるぼんはそのまま後陣に位置しフバーハを唱え、その後パーティーの回復役に徹し、マトリフはでろりん、へろへろにバイキルトを唱えた後、必殺のメドローアを放つスキをうかがい、条件が揃ったとき放出する。そういう段取りであった。
「行くぞ!」
 でろりんの号令が玉座の間に大きく響く。それと同時に全員にスクルトとピオリムが唱えられ、彼らの防御力と俊敏性は飛躍的に上がった。でろりんとへろへろの一閃がポップを襲う。しかしポップは笑みさえ浮かべそれらをかわしている。
「ケッ 余裕とでもぬかすのか。しかしその憎らしい笑いを浮かべるそのツラを恐怖で引きつらせてやるぞ! このバカ弟子があッッ!」
 マトリフはふところから青色の宝玉を取り出して念じた。ポップもその宝玉に気づいた。
「ほう……それは」
 マトリフの手が空に描いた軌跡は印となり、その宝玉を神々しく光らせた!
「邪悪の者の魔法を封じよ!『静寂の玉』!」
 宝玉から放たれた光は青色から金色に変わり、ポップを包み込んだ。単なるマホトーンではポップの魔法を防ぐことはできない。だからマトリフはハドラー討伐のおりに手に入れていた静寂の玉に自分の魔法力を注ぎ込み、宝玉のチカラを増幅させてマホトーンの数十倍に及ぶ呪文封じをポップに叩き込んだのである。

 ポップの呪文は封じ込まれた。

「よし! お前らポップの呪文は封じたぞ!」
「ふん、呪文の使えないアンタなんてスライムも同じよ! 覚悟しな!」
 ずるぼんの言葉にポップは笑った。
「ちょうどいいハンデだな……中々やるぜ師匠」
「負け惜しみ言いやがって!」
 でろりんとへろへろの剣はヒュンケル、ダイに及ばずとも、その太刀筋は歴戦の猛者を思わせるに十分であった。二つの剣がまるで生き物のようにポップを襲う。しかしポップはまだ笑顔を浮かべたままかわしている。

「ちくしょう! マトリフさんアイツ呪文封じられているのに、まだあんな余裕ヅラしてやがる」
 体力が消耗してきたでろりんとへろへろにベホイミを唱え、悔しそうにずるぼんはマトリフに言った。
「とりあえず今はこのままでいい。静寂の玉を使ったのはアイツの攻撃呪文を封じるのは無論のことだが、アイツにマホカンタを使わせないためだ。メドローアを跳ね返されたらお終いだからな」
 ポップもその作戦を読んでか、でろりんとへろへろより後陣のマトリフの動作を気にしていた。
「中々スキを見せないね……それどころかマトリフさんの方ばかり見ているし、あれだけの剣撃をかわしながらよそ見できるなんて……」
 ずるぼんは口惜しそうだが、今ポップは後陣の二人に攻撃できないでいる。でろりん、へろへろの攻撃も決して二線級ではないのだ。
「ねえちゃん、バギクロス撃てるか?」
「え? す、すみません私バギマしか……」
「連発できるか?」
「はい、それはできます」
 マトリフはニッと笑い、ずるぼんのお尻を撫でた。
「十分だ。おれと一斉に撃つんだ。そして間髪いれずもう一発撃て。オレはその間メドローアの体制に入る!」
「わかりました!」
 ずるぼんは自分の尻を撫で回しているマトリフの手を叩いて答えた。ずるぼんとマトリフの手のひらに真空の渦が巻き起こる!
「でろりん! へろへろ! 離れて!」
 ずるぼんの合図で二人は瞬時にポップの元から離れた。

「うなれ真空竜巻よ! バギクロス!」
「飛び出せ真空の刃! バギマ!」
 二つの真空の渦が合体し、その相乗効果で巨大な真空渦がポップに襲い掛かった!
「チッ」
 ポップはこの戦闘で初めて笑みを消した。真空の渦がポップを襲う。しかもポップに迫る速度は早い。鋭利な真空の剣が敵を襲う。並の者なら瞬時に肉塊となっていよう。そしてそれはポップに直撃した。
 玉座の間に轟音が響く。ずるぼんはポップに直撃している真空渦が消えないうちに再びバギマを放つ体制に入った。マトリフはメドローアの構えに入った。
「もう一発食らいなあ! バギ…」
「調子に乗るな…」
「……!」
 ポップは真空の渦をはねのけ、ずるぼんの間合いに一瞬で入って手刀をみぞおちに突いた。手刀は彼女の体を貫いていた。
「ずるぼん!」
 でろりんの悲壮な叫びにずるぼんは答えられない。クチから鮮血を噴出していた。マトリフはすぐ横の惨劇をメドローアのかまえのまま、ただぼうぜんと仲間の無惨な姿を見つめていた。
「マ、マトリフさん……かまわない……撃って……」
「わかった」と言わんばかりに、マトリフはキッとポップを見つめた。もう発射準備は整っていた。
「ねえちゃん、先に待ってな。じきにオレも行く……」
 ポップはすぐ間近でメドローアが発動されようとしているのに、慌てる様子はない。残酷な笑みを浮かべ、ずるぼんの体を持ち上げたままだ。
「……死ね……ポップ……」
 マトリフの目がカッと開いた!

「メドローア!」

 至近距離でそれは直撃した! 玉座の間の壁が吹っ飛び、ついさっきまでマトリフの前にいたポップとずるぼんは消滅していた。でろりん、へろへろは余りの絶大な威力に唖然としていた。
「ハアハア……バカ野郎が……」
 まさに会心の一撃のメドローアであった。もうマトリフ自身もあれだけのメドローアは二度と撃てないだろう。それほどの威力だった。
「マトリフさん……」
 でろりんとへろへろはマトリフに駆け寄った。
「……すまねえ、オレがすぐ横にいながら彼女を……」
「いえ、アイツも満足だったと思います。オレたちはとうに死ぬ覚悟はしていたのです。気になさらないで下さい……」
 へろへろも涙ぐんでいるが、でろりんと気持ちは同じであった。
「さあ、ここに長居は無用です。帰りましょう……」
「ああ……そうだな……」
 マトリフがずいぶん苦しそうなので、へろへろが肩を貸した。と、その時であった。玉座の間床下の地中からポップが勢い良く飛び出してきた!
「な、なんだと!?」
 マトリフ、でろりん、へろへろは絶句した。ポップはそんな様子などお構い無しに床下でついた埃や泥を手ではたき落としていた。そして嘲笑を浮かべ三人を見た。
「直撃の寸前に地中に逃げたのです。残念でしたね…。師匠が消滅させたのはあの僧侶の女です。ククク……かわいそうなことをしますね……」
「キサマ……」
 マトリフはへろへろの肩を離れ、歯ぎしりをした。
「どんな作戦だろうが、このオレに逃げをうたせたのは見事です。それに敬意を表し、ここからオレもマジメに戦いましょう」
 そういうとポップは深呼吸をした。ポップの目が黄金に輝いた。マトリフはそれが次にどんな攻撃をもたらすか分かった。一度見ている。およそ人間技と思えない攻撃がポップから繰り出された。

「かがやく息だ! 散れ!」
 三人は分散した。ポップは息を放った後に一足飛びでへろへろの間合いに入った。そして帯刀していた奇跡の剣を抜き、へろへろの心臓に突き刺した。
「ぐあああああっっ!」
「へろへろ!」
 でろりんが仲間の名を叫ぶより早くポップはもう彼の前に来た。
「ち、ちきしょおおお!」
 あっさりその剣はポップの手刀にはじかれ宙を舞った。でろりんはそれでも素手で殴りかかってきた。そして彼の拳がポップの顔面に叩き込まれた。ポップは横っ面にでろりんの拳を当てたままニヤリと笑った。
「見上げた根性だな。さっさと逃げ出すと思ったがニセ勇者一行もやるじゃないか」
 でろりんはさらに反対の横っ面に拳を叩き込んだ。ポップはまたわざと受けた。
「ハアハア……確かにオレたちはニセ者だったさ……勇者を騙り、金儲けや火事場泥棒していた最低の連中だった……でもお前やダイは本物の勇者だったじゃねえか。それが何だよ、今じゃてめえの方がニセ者だ!」
 でろりんはかつてポップがバーンを一喝したように、ポップの目を見据え堂々と言い放った。そして弾かれた剣を拾い、再びポップに斬りかかった。
「ウオオオオオッッッ!」
 
 ポップの手刀がでろりんの首を横なぎに斬った。でろりんの胴体から首が離れた。でろりんの首がポップの足元に転がる。あまりにも無念だったのだろう。首だけになってもでろりんの目からは涙がしたたり落ちていた。
 一瞬であった。一瞬ででろりんとへろへろは殺されてしまった。マトリフの目から無念の涙が溢れた。
「呪文が封じられても、別にアンタら相手なら特に支障はないのですよ……ククク……こいつら、みんな犬死にだ……ハハハハ」
「ポップゥゥゥゥ!!」
 マトリフの怒りの表情も今のポップには何の感情も持たせなかった。マトリフにはすでに魔法力が無い。ポップはかつて自分が経験したことからマトリフが次にどんな攻撃をしてくるか読めた。
 マトリフはすさまじい形相でポップに突進してきた。そしてその後にマトリフが執ろうとしていた攻撃はポップの予想通りであった。『メガンテ』である。しかしすでに体力の限界に到達していたマトリフの突進はあまりに遅かった。
「すぐに楽にしてあげます。師匠」
「うおおおおおおッッ!!」
 吼えた。マトリフは腹の底から吼えポップに向かっていった。
「死んでその名を残してください……」

 ポップの手刀がマトリフの左胸を貫いた。メガンテを唱えられることも無くマトリフは沈んだ。
 即死である。アバン、ダイと云う勇者を助けた大魔道士マトリフはここにその生涯を閉じた。よりによってかつての愛弟子の手によって。
 無造作に腕をマトリフの体から抜き取り、血を振り払いポップは生首となっているでろりんを見つめて苦笑した。
「お前の言うとおりだ……オレはもうニセ者。お前たちの方が本物だよ……」
 ポップは手を叩き、下がらせておいた配下のスライムナイトを呼んだ。
「お呼びですか」
「魔王の居城に乗り込んできた、この者たちの亡骸。敵ながら見事である。丁重に弔ってやるがいい」
「御意」
「本物の勇者……か……」
 苦笑いをしながらポップはでろりんの言葉を自分で繰り返した。


第二章『都に雨の降るごとく』に続く。