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子宝湯
(Kodakarayu)



 わしの名は「子宝湯」。もしかしたら日本で一番有名な銭湯かもしれん。なぜかって、宮崎駿監督の映画「千と千尋の神隠し」のモデルになったからじゃ。そう言われれば、なるほどと思うじゃろ。

 しかしわしは元からここにいたのではない。わしは元々は東京都・足立区の千住におったのじゃ。昭和4年(1929年)。石川県出身の小林氏がわしを建てた。彼は事業家として東京で銭湯を開業したのじゃ。

 当時銭湯は2万円で建つと言われていたが、彼は4〜5万円もわしにつぎ込んだんじゃよ。彼はわざわざ石川から気に入った職人だけを集めて、贅をつくしたんじゃ。今風に言えば超豪華な銭湯というわけじゃ。

 関東大震災があり、銭湯にも耐震性が要求されていた頃じゃ。銭湯には高い天井と柱のない大空間が必要じゃ。このために、寺社建築をまねた「破風造り」と呼ばれる銭湯が東京のあちこちに建ち始めていたのじゃ。震災が東京に独自の銭湯建築を誕生させたとも言えるじゃろう。

 戦争が終わると小林氏は平岡氏に銭湯の事業を譲った。そして、平岡氏もついに1988年に廃業を決めたのじゃ。わしはそのときに取り壊される運命にあった。しかし、それを東京都が救ってくれたのじゃ。1993年に開園した江戸東京博物館の分館「江戸東京たてもの園」に復元保存されることが決まったのじゃ。

 それにしてもここは居心地が良いわい。なにしろ、莫大な金をかけて、修復、復元、保存され、維持されている。隅から隅まできれいなままじゃ。それに毎日たくさんの人が見に来てくれるわい。わしもこうやって第二の人生を一生懸命生きることができて、あの世へ行ってもええ自慢話になるわい。

 それにわしは普通の銭湯の倍以上もの金をかけて建てられた建物じゃ。玄関からして金をかけておる。頭上の破風を御覧なされ。七福神の彫刻が見えるじゃろ。この彫刻だけで家が建つほどの金のかけようじゃ。

 そして、玄関や浴室に配置された久谷焼のタイル絵の見事なことよ。もちろん壁画のペンキ絵も立派な富士山じゃ。そして脱衣室の天井はピカピカの折上格天井じゃ。脱衣室の周りには縁側(濡れ縁)もあり、ちょっとした庭を見ながら便所へ行くことができるのじゃ。「脱衣室までは和風で、浴室からは洋風だ。」と言う人もおる。確かに、浴室はタイルの内装になっているし、西洋の古代建築にあるような柱頭も見える。

 いわばこれらが大江戸銭湯の流儀というやつじゃ。これらを知らずして大江戸の銭湯を語ることはできん。

 まあ、今日はよく来てくれたのう。だけどな、「そうか昔の銭湯はこんなものだったのか。」と感心して帰るんはやめてくれ。なぜかって、わしはたまたまここに保存されているだけだからじゃ。わしの湯船にはもう湯が満たされることはない。わしのカランにはもう湯が流されることはないんじゃ。

 つまりわしはここで見世物にされているだけで、もう既に死んだも同然じゃ。いわば引退した老兵といったところじゃ。言い方を変えれば魂の抜けた銭湯じゃ。

 一方、東京にはまだまだ生きている銭湯がたくさんあるのじゃ。わしと同年代の破風造りの銭湯が現役でがんばっておる。この近くでは西東京市に庚申湯がある。練馬区には富士の湯たつの湯がある。清瀬市には清の湯がある。武蔵野市には元の湯がある。わしがおった足立区には大黒湯がある。他にもまだまだあるんじゃ。数え上げたらきりがないわい。

 彼らはまさに銭湯文化の生き証人じゃ。そう、銭湯文化は死んではおらぬ。まだまだ博物館に展示されるような死んだ文化ではないのじゃ。だから今日わしを見に来た人達に言いたい。「生きている銭湯に入りなはれ。湯船に浸かってみなはれ。」

 そうしてはじめて銭湯文化に触れられるというものじゃ。銭湯文化は今そこにあるのじゃ。ここに見に来るだけでは、銭湯文化を死なせてしまうだけなんじゃ。永久にな。

(子宝湯のささやきより)


住所 入浴料 サウナ TV 営業時間 定休日
東京都小金井市桜町3-7-1 400円 × × 9:30〜16:30(4〜9月は9:30〜17:30) 月曜日(祝日の場合は翌日が休み)、年末年始(12月28日〜1月4日)

※ 入浴料はサウナ料金込で表示
※ TVはサウナ内にTVがあるかを表示
取材:銭湯愛好会東京支部
取材日:2004年10月17日(日)



 
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