世界湯
(Sekaiyu)



 人形町とはまた風変わりな地名である。江戸時代に浄瑠璃などの人形芝居が栄え、この辺りにも芝居小屋がいくつかあったらしい。そして、人形を操る者、人形を製作する者、人形を売る者が集まったことから、この地名で呼ばれるようになったとのことである。
 現在の人形町は、低層の建物が多く存在し、レストランや料理店がたくさん軒を連ねている。しかもそれらは、どれも小規模なものばかりだ。呑み助にはたまらなく魅力的な街に違いない。
 久しぶりに会社帰りの銭湯取材である。今回紹介する銭湯は、人形町にある世界湯。世界湯という屋号もまた風変わりである。命名した人の思いの強さが伝わってくる。しかし、その思いはどんなものだったのだろうか。
 この銭湯は独特の世界を持った銭湯であることを主張しているのか。世界にひとつしかないようにユニークな銭湯なのか。世界一の銭湯なのか。世界中で活躍する人が多く集まる国際色豊かな銭湯なのか。世界中の人のための銭湯なのか。世界に羽ばたく銭湯なのか。
 いずれにしても、世界湯は玄関からしてユニークである。玄関が2つあり、男湯と女湯は玄関から引き離されている。
 脱衣室に入ると番台がある。玄関を除けば、この銭湯はユニークと言うよりは、一見して標準的な古いタイプの大江戸銭湯であることが分かる。床は磨かれてピカピカである。
 浴室には富士山の壁画、熱い浅風呂と深風呂コンビネーションがあり、シャワーブース、サウナ、水風呂、露天風呂といったものは一切ない。洗い場は25箇所あるが、島カランに鏡もないほどにシンプルである。椅子はあの小さな板バネのような代物であり、洗面器は黄色いケロリン。まさに、大江戸銭湯そのものである。
 ぬる湯が好きな私は、今日はこの熱い浴槽に長い時間体をうずめた。湯温は44℃を示している。今週になって蒸し暑い日が続いているので、じっくり熱い湯につかれば、銭湯から出たときに、少しでも爽快な気分が味わえるのではと期待をして。
 ところが、常連客達はこの浴槽には長居しないようだ。一人の常連客は、カランから浴槽内へ水を注水しながら、カランの周辺の湯をかき混ぜたかと思ったら出て行ってしまった。もう一人の常連客も、注水しながら10秒も浴槽の中にはいなかった。
 東京の人は忙しい。しかもここは東京の中心地・中央区である。東京時間というものがあるのかもしれない。短時間で浴槽に入った気になるためには、このような熱い湯が必要なのだろう。
 番台の真上には「大入」と書かれた額がある。ひっきりなしにやってくる常連客の多さを見れば、確かに大入である。番台様によれば、現在の世界湯の経営者は、世界湯の創業者ではないとのことであり、結局、世界湯の屋号の由来は不明であった。
 しかし、世界湯には固有の世界があり、世界のように広く(ちょっと大げさか?)、誰もが入浴を楽しめ、人形町から、中央区から、東京から、日本から、世界へ通じていくのだとの思いが創業者にあったに違いない。
 世界湯の煙突の向こう側には、超高層ビルが垣間見えた。新旧の東京の顔が同時に見える。東京は日々成長し、膨張し続けている。しかし、人形町界隈の飲み屋の雰囲気も、世界湯も、当分はなくなることはなさそうである。
 世界湯は、十分すぎるほど、大江戸銭湯らしかった。


住所 入浴料 サウナ TV 営業時間 定休日
東京都中央区
日本橋人形町2-17-2
430円 × × 15:00〜23:30 月曜日

※ 入浴料はサウナ料金込で表示
※ TVはサウナ内にTVがあるかを表示
取材:銭湯愛好会東京支部
取材日:2007年9月5日(水)



 
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