Unknown Happiness of Nowadays 第3回目
GOMIKAWA FUMIO「Return of Gomikawafumio」(Alchemy ARCD-141 2002年)


私はノイズの演奏者ということで、普段もそういった音に耳を傾け、最新のノイズ・シーン
の動向などをチェックしていると思われているらしく、ライブの会場などで「家ではどういった
ノイズを聞いているんですか。」「最近のノイズで気になったものはありますか。」
「廃盤になっていた××が再発されましたけど、入手しましたか。」などと話しかけられ
ることが多い。これに対して「すみません、普段、古典的ロック、モダン・ジャズやブルースを
聴いてることが多く、ノイズはあまり聞かないので、よく知らないんです。」と弁解すると、
たいていの人が驚いた顔をする。しょうがないのかなあ。バズコックスのピート・シェリーが
カンについて、ベスト盤「Canibalism」のライナーで「お風呂で“ハレルワ”を歌うのが大好き。」
と述べるほどのファンだったのは知られた話だ。メロコアの元祖がカン?と思われそうだが、
どうもその人が「好きな音楽」と「演奏する音楽が」ごっちゃにされている向きはどこにでも
多いようだ。いまどきのクラシック演奏者だってビートルズ、J-popぐらいは聴くのにね。
(話が違うか?)

自分にとって音楽は日常の食事と同じで、精神の血や肉になる栄養を摂取する手段だ。
その中でノイズというのは特に高いテンションを供給するという点(そうでないのもあるが。)
で、特別な料理だ。特別料理は土日の休みに摂取するのは楽しくても、日常的に摂取
するのは身体にきつかったりする。30倍激辛カレーや、豚骨背油こってりラーメンは、
いくら美味しいといっても毎日食べるわけにはいかないでしょ。まぁ、「俺は毎日、こって
りラーメンを食べている。」という人もおりましょうし。(ちなみに、テレビでも名の売れ
ている某ラーメン王は長久保の高校のときのサークルの先輩である。)美川師匠は多分
ノイズを毎日お聞きなんでしょうが、私にはできません。しかしそんな中で、自分にとって
日常的な”栄養“になるノイズという例外も存在する。五味浩平のソロ・ユニット”Painjerk“は
そんなノイズ・クリエイターの一人だ。彼のCDやカセットなどの作品、どれも聞くたびに
パワーをもらえる優れたものばかりだ。

Painjerkのノイズの肝は、圧倒的な情報量と、それを捌いてゆくスピード感、そしてすべ
てをコントロールしきる構成力にある。それを多重録音ではなく、ライブでリアル・タイ
ムに生成できるところが彼の非凡なところであると思う。実際、彼のクリエイトする音響
は海外では高く評価されており、辛口で知られ、得にノイズ関係には辛らつな言葉を投げ
かけるらしいイギリスの「Wire」誌でも賞賛の言葉を獲得している。彼にとっては初の海
外公演となった今年2007年5月ニューヨークでの「ノー・ファン・フェスティバル」では
観客の熱狂的な反応を呼び覚ました。

いわゆる「ノイズ」といわれる音楽の中には、音量・音圧の過剰さの意味をよく咀嚼せず
に使用しているのではないか、と思われるようなものも散見される。誰某が使っているの
と同じ機材、ソフトを使って、大きい音で出せば、それがノイズだ!という考え方は、私
は演奏の有り様として同意はできない。なぜその音を出すのかという思考の過程も含めて
ノイズだと考えるからだ。あるノイズ系のライブの最中、五味が「最近のノイズ・ユニッ
トは、機材の性能がよくなったせいか、音がよくなったけど、なんかみんな同じ音に聞こ
える。」と指摘していたが、これは決して驕慢ではなく、彼の厳しい創作姿勢の現れである
し、彼の過去の演奏から納得できる言葉である。

GOMIKAWA FUMIOは元はインキャパでのライブのオファーに対して、私が都合で出演
できなかったとき、美川が五味を誘ってそのライブに出演したことがきっかけだった。ユ
ニット名を二人の名前(GOMIとMIKAWA)を足して2で割ったGOMIKAWAとした。
この試みがうまくいったことで(五味のレーベル、AMPよりカセットで、その後海外の
レーベルからCD-Rでリリースされている。)、次に私が合流することとなりGOMIKAWA
FUMIOという名前のユニットとなった。取り立ててコンセプトがあるわけではないが、
ライブでは他の二人がいつもどおりの演奏を行うのに対し、私がいろんなネタ(ギター、
プログラミング、ヴォーカルなど。)を繰り出して、TG、SPKやホワイトハウスのカバ
ーも含め、単なる”いつもの5倍増、たっぷりノイズを出します。“という、安易な足し
算ではない一味違った演奏を行うのが恒例になっている。今年2007.4.14の20000Vでの
ライブでは、自らの機材の不調に業を煮やした五味が機材をひっくり返し、絶叫しながら
フロアに飛び込む大暴走を見せ、見る者の心胆を寒からしめた。

しかしながら、このアルバムは一転して、ピュアなノイズをどこまでビルド・アップでき
るかという直球ど真ん中な姿勢で制作されている。スタジオでハード・ディスク・レコー
ダーを持ち込んでマルチ・トラックで録音され、半年ほどかけて五味と私でじっくりとミ
ックス・ダウンを行った。機材の制約(だからさ、俺の安物の機材じゃ、細かくチャンネ
ルごとの周波数帯域のバランスをとるなんて、そんな高度な要求には対応できないのよ、
五味君。余談だが、当該HDレコーダーは、先ごろパソコンDAWソフトにとって変わら
れ、引退した。)から完全なコントロールはできなかったが、スラッシュ・メタル、ハード
コア譲りの高速度、アナログな電子音楽クラシックスの密度、フリー・ジャズの集中力の
クロスファイアによる、音圧・速度を備えたパワフルなハード・ノイズ(”ハーシュ・ノ
イズ“というより、ハード・バップみたいなこっちの言い方のほうが好き。)の怒涛の進撃
をそれなりにクリエイトすることができた。結果として、人体が本来持つヴァイタルなエ
ネルギーを、エレクトロニクスを使用した音響によってように現前化させるという点で、
優れた作品に仕上がったと自負している。それも、五味の手腕によるところが大きいと考
えている。(ポップでシャープなジャケット・デザインも、五味が手がけている。)

パソコンの高性能化と、それに反比例する低価格化、普及により、ノイズ的な電子音響が”
前衛“という色眼鏡を外れて、広く一般(何が”一般“かはさておいて)の聴衆にも抵抗
なく受け入れらるようになってきた。とてもいいことだと思う。とはいえ、ノイズや即興
演奏については、「どれも同じに聞こえて、どれがいいのかわからない。」という戸惑いの
声を聞く。これだけ世界中にあふれていたら、一見さんが迷うのも無理はない。ましてや、
故・高柳昌行氏がやってたように「Eフラットが8分音符で2個出てくるメロディーがある
けど、1回目は16分休止を入れ、2回目はそのまま、3回目は3連符にして1拍目をテ
ヌート気味に、2拍、3拍をスタッカート気味に吹き上げる。」などといった客観的な裏づ
けのない、というかそこを否定する音楽なだけに、なおさら評価の基準がわからない。そ
んなところに、本CD]がいまひとつ認知されていないのは、「よくわかんないけど、アル
ケミーでインキャパがらみのハーシュ・ノイズなんだろ。聞かなくても、中身はわかるよ。」
とスルーされているのではないかと妄想する。そんな鬼ばかりの渡る世間で、
GOMIKAWA FUMIOのハードコアなノイズは、オールド・スクールな遺物と認識されて
いるのかもしれないが、特攻親爺ノイズ・チームの意地が音響栄養エキスとしてたっぷり
と包含され、栄養満点(死語)である。アントニオ猪木ではないが、「迷わず聞けよ。聞け
ばわかるさ。」滋養強壮のために、一度、現時点でのIncapacitantsの最新アルバム「73」
と併せて摂取いただければ幸いである。(2007/9/5記)